もろもろのお話し

1.運命

私は神は信じません。あの世も信じないし、キリストの復活も信じていません。

しかし、運命というものは最近信じる様になりました。

人には避けられない道がある。どうやっても結局、その道に進む様、作られている道がある。

逆らおうと思っても何故か逆らえません。

ならば・・・

逆らわずに自分の運命のとおりに。

後はベストを尽くすのみです。

誰が決めたか?神が決めたか?

しかし、逃げられないのならば•••従いましょう。

人の寿命のろうそくの長さも運命として決まっていると聞いたことがあります。

たしかにそうかもしれない。

どちらにしても・・・。

そろそろピアノにも打ち込みたい所です。

最近全然ピアノの練習をしてこなかったんですがね。

練習していないから、まあとにかく仕事が終わっても身体がつかれないこと(笑)

ピアノの練習をせずにレッスンのみならばぜんぜんこりゃいけます。

多分90歳までいけるでしょう(笑)。自分の寿命がそこまであれば。

ピアノ教室をしてきたことも、自分が何故にまたピアノの練習に励むのかも、これまた運命でしょう。

もう逆らってはいけないんですよ。

最近は全然自分の動画を載せていません。

生徒の動画はよく載せるんですが。

指導者としては、それは失格です。

もっと載せないと•••。

ピアノが弾けない先生はこの世界、いりません。

口だけの先生なんてねえ•••。

 

2.コーラックだかjapanラックとやら

最近音楽市場をさわがせております。なんとかラックとやら。

著作権ですね。

邦人の演奏をすればお金が請求されるという・・・

なんでもピアノ教室でも邦人の曲をレッスンで先生や生徒が弾くと言う前提でやはり請求されるという・・・。

むちゃくちゃな話の様でヤマハやカワイが裁判を起こすらしいのですが・・・

おそらくヤマハカワイ側が負けるでしょう。

話の筋としては決して間違ってはいないんです。

NHKの受信料みたいなものです。

裁判で払わなくてもいい、なんて判決、確か出ていないと思います。

なので演奏権による著作権も正当化されると思います。

なので・・・

私は思うにこれからは邦人の曲は弾かなければいいんですよ。

そもそも邦人の曲なんて・・・。

もちろんポップス関係となれば出ては来ますが・・・ついこの間も子供の発表会で「前々前世」とやらの曲を・・・(笑)

まあそういう時は、演奏権とやらの著作権は払わざるを得ないんですが・・・。

ただ、教室ごと年間で総収入の2.5%の著作権を払うはめになるんで、これは結構な額にはなります。

だったら・・・

いっそのこと邦人の曲は弾かなければ良い。

クラシック音楽だけ弾いていればいいんです。

そうやって邦人の作品が廃れていっても、わたしは良いと思っています。

それほど邦人の曲に私は魅力は感じません。

ああ、唯一例外なのは・・・湯山昭のお菓子の曲集ですね。

あれ以外はいらないです。

ちょっとキツイ言い方かもしれませんが、だったらショパンやラフマニノフのようにみんなが弾いている作曲家がいるかどうか?

もちろん、中には世界的に有名なT氏とかもいると思います。

でも、それでも私は弾かないかな?

それぐらいの興味でしか通常ピアノ界はないような?。

そうやって邦人作品はこの世から無くなってしまってもしかたがないです。

私がそう願わなくても、市場はこれからそう動いていくでしょう。

しかしなんでまた、あの団体、自分達で自分達の首を絞めるかなあ?

多分明日ぐらいに•••

ブログ更新、ただいま止まっております(汗)

楽しみにしている皆様、申し訳ありません(汗)

明日ぐらいに更新したいと思っております。

色々とあり•••最近睡眠が十分取れなく•••。

ようやくなんとか解決しそうになり、余裕が出てくると思います。

精神的に健全でなければブログもピアノも全く進まず•••

考えてみれば、震災なんかあったらピアノなんで弾く気も、聴く気もないですよ(笑)。

しかし、自分だけがいつまでもぐずっているわけにもいかず•••。

全ては自分の問題なわけで•••。

•••というわけで明日ぐらいに•••。

 

初めての経験なんで何にも知らないんですぅ。

何をHな掲示板でも見ているのかと思われるかもしれませんが•••
いやそうじゃなくて•••
葬儀ですよ葬儀。
しかも家族葬という•••
しかも、自分が喪主に近い形の葬儀の準備は初めてです。
初めから打ち合わせがビシバシ入って、何をどう選択するとか•••。
その次に一体誰を呼ぶのか、どうやって連絡を取るんですかと•••。
あっという間に時間が経って行きました。
家族葬というのはごく親しい親戚しか呼びません(なので教室関係者や近所の方はご挨拶等はご遠慮していただくことになりますのでご了承ください)
なので、人数は少数なのですが•••それでも大変でした。
これでさらに通夜もするとなると、いや大変なんだろうなあ、と思ってしまいます。
一通り終わって思うことは•••。
今まで葬儀とか、死とか、そういうことはかなり疎い存在でしかなかったのですが、今回でかなり現実味を帯びる経験をしてしまったことです。
葬儀とかって、どちらかというと人は避けたがったり、縁起でもないということを考えがちですが•••。
いやそうじゃないですね。
避けられない事実ですし、自分も絶対避けて通れない事実です。
人は生まれることから始まって、そして最期を迎えます。
どこを取ってもその生き方が人生であって、最後の死までがその人の人生の目録でしかないのです。
もし、大学に入学すること、結婚式を挙げることが人生の節目であり、通過点ならば•••。最期も大事な一つの締めくくりの通過点です。
よく葬儀場を近くに建設するとかで、反対運動とか起きますが、それって本当はどうなんだろうと。
現実を間近で経験してしまうと•••考えてしまいます。
正直、自分が50歳になってからずっと考えているのですが、もう自分は最期にむかっているなと。
人生折り返しなんていう、余裕を言っている場合じゃないです。
•••てなこと言ってて、自分では「まだまだやりたいこと盛りだくさん」って感じではあるのですが。
まあ私みたいなバカは、頑張っている最中にばったり死ぬんでしょうが。
今年も、とあるメールがX国からやってきまして•••。

”you are accepted as participants of SECOND PART of the Piano Masterclasses”
(あなたは第2部のピアノ夏期講習に参加が認められました)
•••と•••。
しかしですねえ•••今年はちょっと•••。
なんとか来年こそは参加したいところです。
あたしゃ、X国夏期講習で殉職できたら本望です。
夏期講習が終わってX国の道路で車にはねられて車から出てきた東欧美女ドライバーに抱きかかえられながら、死んでいくのが本望ですな。

 

 

最後の日

その時、私は父のベッドの枕元にいた。
父は今日はやや調子が良かったようで、顔色も良かった。
しかし、医者からは病院に運び込まれた時に「いつ死亡してもおかしくない状態」と言われていた。
私は父は正直、嫌いな方である(笑)
散々迷惑をかけて、好き勝手にやってきて、家族も呆れた次第。
今までは本当に父とは喧嘩が絶えなかった。
しかも他の兄弟はほとんど実家に戻ってこないが、私は毎日介護に病院の送迎をやっていたので、遠くから見ているだけの人間と違って、色々と嫌な部分も見えてくる。
隣の芝生はなんとやらで、多分どこの親子関係でも、そんなもんだろう。
しかし、さすがに医者から余命宣告をされてからは、あまり言わないようにしていた。
近年の行動はさておき、まあ子供の頃は確かに色々世話になったことは間違いない。
もちろん、納得できなかったことは多々あった。
しかし、そうは言ってもここまでお金をかけて育ててくれたことは間違いない。
今は喧嘩より、感謝をいう時期なのかもしれない。
しかし、今まで喧嘩ばかりで感謝の気持ちなんて言っていなかったことに気がついた。
今このチャンスしかないな。
私は父親とはあまり会話はしない。
これも多分、隣のなんとか、じゃないけど、どこも似たような親子はいるはず。
話をしても気に入らない内容ばかり。
しかし•••今はそういうことは目をつぶろう。
「色々今までさ•••感謝しているよ。たくさん。•••大学行かせてくれたり、ピアノを買ってくれたり。」
おやじは静かに、うん、とうなずくだけだった。
そして•••またお互い黙っていた。
今日は顔色は良さそうだし、呼吸も荒くない。
「また来るよ」
そういうと、いつものように、おやじは昔の田中角栄みたいに寝ているベッドから左手を上げて挨拶をした。

•••翌日、突然病院から電話がかかってきて、「お父様の心臓が止まってAEDをかけています。すぐ来て下さい!」
慌てふためいて、すぐさまスカGv35に乗り込んだ。
頼むよ、スカG。お前の実力を初めて発揮する時だ。頑張ってくれ!
スカGのアクセルを思いっきり踏んで病院へと急いだ。
コーナーで100kmからの減速。フルブレーキングの後左折。
テールが流れる。
しかしさすがにスカG、カウンターを当てると挙動はすぐ収まった。
目の前、遥か彼方、100m先の信号が黄色に変わる。
フルスロットルで1速にシフトダウン。そのまま2速へ。
V35エンジンがレッドゾーン7千回転で唸りながら回っている。スピードは130km。
赤信号を無視して通過。
あともう少し•••。
いつもなら30分かかる病院を15分で駆けつけ、急いで病室に。
しかし•••。
いつもなら空いているはずのドアがなぜか閉まっていた。
開けると•••院長と看護師が立っていた。
心電図は•••止まっていた。
ああ•••間に合わなかった。
そこには、いつもと違う父親がいた。
さすがにこれはショックだった。
死ぬ間際に何かを一生懸命言っていたらしいが、看護師は聞き取れなかったと言っていた。
何を言っていたんだろう•••。
私は実は近い肉親で亡くなった人はほとんどいない。
そういう意味では、今回の経験と、そして、火葬場で骨になってしまった時のショックは隠せない。
遺体だけでもあれば、まだ本人がそこにいるからまだ気がまぎれる。
しかし、その遺体さえも•••消えてしまうのだ。
なくなる•••とは、そういう意味なのだ。
どうせなら、ホルマリン漬けのスターリンや金正日みたいに、残せればよかったのか?

今となっては、最後の日に、感謝の言葉を聞いてもらえただけでもよかったと思うようにしている。
もちろんそれを親父はどう受け取ったかは知らないが。
人の一生ってなんなんだろう?
親父は幸せな老後だったのだろうか?
もっとも今ではすっかり楽になって深い、心地良い眠りについているはずだ。  今は起こさないでおこう。
そう思えば少しは気がまぎれる。
今日は命日から1週間。
少しずつ、気分を取り直し始めている。
もちろん、仕事は仕事。多分生徒にはバレてはいない。