いやちょいと海外に•••。

ついこの間、ちょいと海外に行っておりました。
講習?
•••んなまさか(汗)。
この時期に講習なんてどこもやっていません。もしそういう風に言い訳をして海外に行く奴がいたらマンパーセント嘘です(笑)。
さて、今回はドイツとチェコに行ってきました。
まあいつも旅行記は書いているんで、細かい内容は割愛しますが、旅行している間は観光気分というより、日本との差を常に感じていました。
•••どうしてこんなに日本と違うんだろう•••。
それがやがて、ピアノ演奏にも結びつくんですよこれが。
そのあたりを今回まとめてみたいと思っています。

なんで日本はこんなに物価が高いんだ?

いつも思うんですが、これ、本当に痛烈に感じます。
実はヨーロッパでは、移動手段に最近は長距離バスが大活躍しています。
https://www.flixbus.com/
http://www.eurobus.sk/en/
https://www.studentagency.cz/
実にいろんなバスが営業しています。
金額も調べてみればわかると思いますが、とんでもないぐらい安いです。
かといって、安全面で問題があるのかといえば、私が乗った感想では全く感じませんでした。
一例ですが、今回私はベルリンからドレスデンまでバスを使ったんですが、距離にして200km。
これ、運賃いくらだと思いますか?
たったの700円ですよ!
しかも席は指定席です。
どういう訳か、乗っている最中にコーヒーも無料で配られて、新聞も配られます(ドイツ語だったんで当然パス笑)
一方•••。
私が今回利用した成田空港までは空港バスを利用しましたが、これが町田から3000円もかかりました。
しかも距離にして100km程度です。
日本とヨーロッパと比べて、ヨーロパの方が高い品物ってなんだろう••って考えると•••。
ガソリン。
これは実はヨーロッパの方が高いんですが、それ以外は•••見当たらない。
食料品に関して言えば、外食に於いては日本とさほど変わらないとは思います(しかし味と量は全然違います笑。ヨーロッパ人が日本で外食したら、ぼったくりと言われてもしかたがないでしょう)
しかし、加工していない食料(肉、野菜、パン、魚)においては多分日本の3〜4分の1です。
日本の野菜の高さは正直、ヨーロッパでああいう値段だっら暴動が起こると思いますよ。もしくは政権が潰されるかもしれません。
このあたり、日本はこれからさらに消費税が上がる訳ですが、これ以上物価が上がって、どうするんだろう•••と疑問に思います。
私は生まれつきどケチ人間ですので、とにかく値段が高いものに対してはどうしても手控えてしまう癖がありますが、さらにヨーロッパから帰ってくると、さらに消費気分がなくなってしまいます。

物質的に豊かなことはいいことで幸せ。

 

それはヨーロッパでは通用しない発想です。
何に幸せを感じるか?何を第一と考えるか?
この辺りが、日本や中国はまだ発展途上国でしかない。
また次回、いろいろ書いていきますが今日はこれぐらいで。

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今回乗っていたバスのシート。思っているより座り心地がめっちゃいい。

シリーズ〜私をこの世界に連れ込んだ(?)先生達〜4(謀反)

当時、先生に弟子入りということは、その先生が気にいったのだから、先生がどこぞの大学の先生ならば、その大学に入るのが常識だった。
しかし、私自身は自分の意思ではなく、親の意思だったので、私自身は決して気に入っていたわけではなく•••。
といったところで、常識的には私は教授の大学に行くはずだった。
しかし、私は•••教授の音楽性が自分に合わず•••
まあ親にもその辺りを説明して、なんとか説得したわけです。
もちろん親は反対したのですが•••
なんたって常日頃から教授は私に言っていました。
「あなたが私の大学に入って真面目に勉強してくれたら必ず教員のイスを用意してあげるわ」
ちょっとすごい話ですが、確かに当時、そういうことはよくありました。
事実、教授の愛弟子たちは確かに大学講師やら、准教授やら、そういう地位についていました。
•••そういう時代だったんですよ•••。
しかし、そういうことに興味がないばかりの私はあろうことか!教授の予想に反して、勝手に他大学を受けてしまったわけです。
いわば”謀反”といっても過言ではありません。
弟子たるもの、通常は師匠の大学に入るでしょうに、あろうことに完全に門下を出ていくわけですから。

•••しかし•••私が謀反を起こした理由っていうのはですねえ•••
•••音楽性が合わないのではなく•••そのうっ•••その辺りのご説明を•••。

当時、私が教授宅のレッスンに入っていた時です。
中で教授がある生徒に、ものすごい剣幕で怒鳴り立てていました。
あんなに起こった教授は見たことがない。
相手は確か学年で1〜2位を争う優秀な愛弟子でした。
教授は大学内ではいろいろと派閥争いで神経質になっており、その中でも自分の弟子が学年でトップを取るか否かは非常に地位を左右する内容でした。
そんな中で教授が生徒に怒っていたのは、まあ多分試験内容かな?•••と思いきや•••
「まあなんてハレンチなことしてくれたの?あなた、学生の身分で管楽器の男と同棲って、どういうこと?あなたの親に顔が立てられないわよ。今すぐここで親に電話して謝りなさい!男とも別れることよ!」
•••うへー•••( ;´Д`)
当然のことながら、学生の姉ちゃんはなんとかかんとか、反論をしていましたが、教授はそれをピシャリ!と封じて
「しばらくの間実家に帰って謹慎してなさい!。試験の時期になったら上京しなさい!」
•••と、言っていつものごとく、レッスンの合間の休憩室に戻ってお茶を飲み始めてしまった。
私はというと•••その修羅場にて、その姉ちゃんと顔を合わせ、うーん、立場上どういう顔をしたらいいのやら•••
•••うーんしかし、当時高校2年生という思春期ということもあり、まだ当時は●貞ということもあり•••一人勝手に
•••ハァーハァーハァー•••
と、興奮していたことを思い出します。
•••と、その時、私はあることを想定したわけです。
•••まてよ•••。私も教授の大学に入れば、今回の生徒のように、四六時中監視されるわけだ。
俺だって大学に入ったら彼女の一人や二人や30人や40人と、付き合ってみたいものだが、このままじゃ俺は大学生活をエンジョイできないじゃないか!
うーん、大学教授のイスと3〜40人の彼女。
•••どちらを取るかといえば•••

 

 

 

きまってまんがな。

•••もちろん、その目論見は他大学であるM大に入ったにもかかわらず、とうとう4年間彼女ができなかった、という、准教授のイスも、彼女も逃すという苦い結果となりました(いや両方とも無理だったと思いますがね)

ただまあ•••私が他大学に入ってしまったということは、教授にとっては相当ショックだったようでした。
最後に教授に謝罪の電話を入れた時を思い出します。
めちゃくちゃ怒られるかと思いきや、教授はすごく悲しそうな声で「お一人でおやんなさい!」と言ってがちゃんと電話を切ってしまいました。
しかし、当時私にとってはこれしか方法がなかったのです。
とにかく、あらゆることでがんじがらめでした。
弟子入りするということは当時はそういうことだったのです。
彼女とか、そういうことだけではなく、髪型から服装から、交友関係、そしてもちろん、学習レパートリや、音楽性まで•••。
私はそういうすべてのことに非常に窮屈感を持っていました。
多分あの時、私と教授の間柄は母と子だったと思います。
なんとかして、自分の母教授から逃れたい。
そういう気持ちがとても強かった。
親離れの時期だったんだと思います。
しかし、今となってみれば、自分の愛弟子が自分から去っていく事の悲しみはよくわかります。
決して悪い先生ではなかったし、私をよく可愛がってくれた事は間違いありません。
私はその教授の思いを反故にしてまった。
今でもそれは仕方がなかったにしても、罪深く思う事はあります。
そして、私は教授の元を離れて、一人M大学に入ったわけです。

シリーズ〜私をこの世界に連れ込んだ(?)先生達〜3(英才教育について)

いきなりですが、私は英才教育なんていうものは信じません。
自分が幼少の頃に受けてきた教育は世に言う英才教育なのかもしれませんが,そんなもの受けたって私の様に落ちこぼれにも入れないしかあり得ないのです。
英才教育と言っても、本当にそれが価値ある教育なのかどうかなんて、おそらく素人には分からないのです。
分からないから多分、そういう専門家に預けるんでしょうが・・・。
そうやって、専門家に預ければ、安心・・・っていうところが危ないんですよ。
専門家の私がそういうんですから(笑)
専門家なんて私から言わせればピンキリです。
しかも、そのピンきりなんて、この世界をよく知っている極めつけの専門家でしか、そのレベルはわからない。
あんまりこういう事、言いたくないのですが,私の高校生までの教授は良い専門家ではなかったと思います。
しかし、当時、親にはそれは多分、分からなかったと思います。
教授だ、という事だけで信用してしまった訳です。
もちろん、教授自身も、自分がまずい、という事は分からなかったでしょう。
あくまでもぼんやりと・・・ではありますが、すべての事情を知っていたのは・・・私だけでしょう。
もちろん、では本物本命の専門家に就けば、万事うまくいくのかと言えば・・・。
それも違うでしょう。
私の様に、X国の有名な教授についても大して進歩しないものもいる。
結局は、本人次第なんです。
そりゃあもちろん、優秀な才能を持ち合わせた生徒に、優秀な教授という組み合わせなら、最高の効果を発揮する事は間違いありませんが・・・。
どんな分野でもそうなんじゃないかと思うのですが、最終的には本人の努力が物を言うんじゃないかと。
本当にすごい奴って言うのは、育ちの良いサラブレッドから生まれることもあるかもしれないけど、意外と庶民的な長屋から生まれて来る奴も多いんじゃないかと。

・・・まあそんなこんなで、私は当時、教授に対していくらかの不信感を持ちながら習っていたのですが、いよいよ大学受験となった時に、私はとんでもない事をしでかした訳です。
いわゆる・・・
〜謀反〜
ですな。
教授に反旗をひるがえして出て行ったわけです。
今考えてみると、私はとんでもない人間だったようです。
次回はその辺りを・・・。

シリーズ〜私をこの世界に連れ込んだ(?)先生達〜2

親は一体何故私をこういう世界に誘いこんだのか?
母親はまあ、単純にピアノが好きだったんだと思います。
私が小さい頃は「あなたは音大を出て、その後、海外に留学して青い目をした女の子と一緒に帰ってくるのよ」とよく言っていた(笑)。
対して父親はどういうわけか「お前は教授になるか、弁護士になれ」と何故かよく言っていました。
教授と弁護士、っちゅうのはどういう因果関係かはよくわかりません(笑)。
まあ単純に、人に頭を下げられる身分になれということなのでしょうか?
父親は今でも理解できないことは山ほどあるので、まあそれはいいとして•••。
ただ、母親の考えは海外から帰ってきたら•••その後のことは聞いていません。
プロとしてやっていけとは聞いていませんでした。
しかし、それは音大を卒業する頃になって、ここに書いてあるように、どういうわけか自宅から徒歩30秒の会社に入社せよ、という考えのようでした。
どちらにしても、親は変な考えの元、私を大学教授に通わせたようでした。
教授のレッスンは、正直厳しかったです。
おっかなかった、というより、要求がきびしかったというか•••。
内容も威厳的な内容で、音楽も威厳に満ちた音楽性を要求することばかりでした。
正直、私には合わなかった(汗)
私が地元で習っていた先生は(まあ今でもそうですが)多分若い頃はキャピキャピギャルだったんだと思います。
よく笑ってよく冗談を言う先生でしたが、それに対して、教授はちょっと雰囲気が違っていました。•••そりゃそうだわな•••。
これが世に言う教授なのか•••。
レッスンの曲はバッハ平均律にベートーベンソナタばっかり。

小学4年生に、平均律とベートーベンソナタですよ!(笑)。
正直つまらなかったです•••といってもまあ、音楽の基礎は習ったわけなので、一方的に良くないと判断はできないし、それ相応に感謝はしてはいますが•••。
実はある時期から、父親が日曜日も仕事で会社に行くことが度々あり、そんなわけで私は一人で電車に乗って東京にレッスンに通うことが多くなったのですが、週末は結構緊張しながら東京に通っていたことを思い出します。
緊張しながら東京に向かうのですが、レッスンが終わると、ドバッと緊張が解けて、気楽な気分で帰ったものですが、この時、レッスンが終わるといつも通っていたところがありました。
レッスンではいつも緊張しているので、帰る時には先生が「トイレは行かなくていいんですか?」と聞くのですが、とても緊張していて、トイレに行く気はしません。
いつも断って、教授宅を出たのですが、その後に、駅近くのボーリング場に入って、安堵しながら用を足していたのを思い出します。
•••と、用を足したあと•••トイレを出ると•••ボーリング場なので、そこには所狭しと、さまざまなゲームがありました。
当時は10円ゲームがいっぱいある時代だったので、母親に「帰りに喉が渇いたからファンタを飲みました」と毎回報告して(当時ファンタは70円だった。今でも覚えている)10円のゲームを7回やって、楽しんでいたのを思い出します。
毎回、帰ってきた時に交通費はチェックされるので、交通費+飲食代はきちんと報告しなければならなかったのです。
レッスンの後はゲーセンで7回ゲームをして帰る。
•••これが私の唯一のレッスン後の娯楽であり、緊張と快楽の狭間の世界でした(笑)。
しかし、ある時期から母親が「そんなに喉がかわくんだったら、水筒を持たせてあげましょう」ということになり•••
ああ•••(ー ー;)
当時、私はその教授に大学に入るまで習っていたわけですが•••私にとっては色々と疑問がありました。
そんなこと、言いたくないのですが、教授の音楽性は嫌いでした。
しかもその先生は自分からピアノは弾かなかった。
今だからこれは言えますが、これは絶対にいけない。
先生たるものは、生徒の前では模範演奏は絶対にしなければいけないと思っています。
もちろん、絶対いつも必要、とは限りませんが、先生が音楽を示すことによって生徒が気がつくことはいっぱいある。
うまく弾けなくても、ミスが多くてもいいから、弾かなければならない。
音楽というものは、音に表してなんぼの世界なのです。
たまたまこの先生だけなのかと思っていましたが、正直この世界、弾かない教授は実は大勢いるようです。
ただ•••それでも私はこの先生に感謝はしています。
私が中学生の時に悩んでピアノをやめた時には一生懸命引き留めましたし、辞めている間も何度も手紙を貰いました。
また、戻ってきた時の喜びようはすごかったし•••。
教授は立場とか、格式とかしきたりとか、また大学内での派閥争いとか•••そういうことにはうるさい人のようでしたが、私に対して「この世界に是非入ってきなさい」と最後まで誘ったおかげ(???)で今の自分がいるわけです。
もちろん、それが本当に良かったのか今でもでわかりませんが•••。
教授はもう既に他界しています。
色々あっても、今ではやはりこの教授には感謝せずにはいられないでしょう。   と、同時にこの世界はそうやって、受け継がれていくのでしょう。      それがいいかどうかはわかりませんが。

シリーズ〜私をこの世界に連れ込んだ(?)先生達〜1

シリーズ〜私をこの世界に連れ込んだ(?)先生達〜1

早いもので私もこの世界の仕事を始めてかれこれ25年になる。
そういえば昔、ど根性ガエルとかいう番組で、ある教師が「教師生活25年」とかいうセリフを何度も言っていたが、25年もやっていると、色々と昔の頃を思い出しては自分の今の状況と比べることがよくある。
私をこの世界に連れ込んだ(というべきか、誘ってくれたと言うべきか?はわからない)先生達と自分、そして、あの頃の自分と今の生徒達と、比べることは多い。
そんな自分の昔の思い出をシリーズ編で振り返ってみたいと思います。

〜あれは小学3年生だった〜
私は地元の先生に習っていたのだが(その辺りもいずれ書くとは思いますが)ある時、その先生が習っていた先生のところへレッスンに行くという話になった。
なんでも東京まで行くという話だったが、行く前には何度も「どうせあなたなんか、先生に叱られっぱなしになるでしょうから覚悟しといたほうがいいわよwww」と何度も現在の先生に電車の中で笑われながら言われていたこと思いだす。
当時、教室ではなんでも先生のお気に入りの一番弟子も一緒だったが、その子と比べてあなたはねえ•••なんてよく言われたものだ。
もっとも私はその頃はあまりピアノは好きじゃなくて(笑)そんなことより東京に行ったんだったら、以前行った新宿の大丸デパート屋上のお子様ランチ、また食べたいなあ、と思うだけでしかなかった。
レッスンを受けるということもよくわからずに、その先生の家に着いた。
今でいう品川駅の近辺だったから、すんごい一等地なんだろうけど、以外と家の周りは自然があった。
林の中にあった小さい家にはグランドピアノが2台。
家の中はなんていうか•••外国風の飾りでいっぱいだった。
電話が未だにダイヤル式のしかもなんか古い感じの電話機で、面白かったのはトイレと風呂が一緒になっていた。
しかもトイレが洋式である。なんじゃこりゃ!•••である。
それもそのはず•••。
その先生は海外留学が長い人で、その頃はよく単語がわからなかったのだが•••要するにその人は大学教授だったのだ。
トイレが洋式で風呂と一緒だったのは、留学経験からだそうだ。
レッスンが始まると、先発の一番弟子がめちゃくちゃ怒られていたので(しかも弟子の地元の先生もひどく怒られていた)次の俺の時にはどうなっちまうんだ(ー ー;)と焦っていたのだが•••
これがどういうわけか、私の時には気持ち悪いぐらい褒める。
あれはなんだったのか?わからないが、それからしばらくして、•••たしか4年生だったと思う•••その先生のところに私自身が通うことになってしまったのだ。
この世界、先生に気に入られれば、しめたものなのかもしれないが、私もどうやら気に入られたらしい。何が良かったのかはもちろんわからないのだが•••。
それからはもう大変で毎週親父の車に乗って、品川までレッスンである。
これって•••今考えてみるとすごいのか、すごくないのか?
お車で東京まで、おレッスンですよ(ー ー;)
めっちゃ、お坊ちゃんじゃないですか(笑)
奇遇というか、血筋というか?どういうわけか、親父の車も当時スカイラインで「燃費が悪くてしょうがねえ」と何度も言っていたのを思い出す。
毎週東京まで車って•••一体どんだけガソリン代かかってるんだ?
•••っていうより、まあ、後で知ったんですがその時のレッスン代がですねえ•••怖。まあそれは追い追い書くとして•••。
もちろん、今では、例えば私立中学に入るためのお受験、というのはあるんでしょうが•••。
いや私はそういう上流階級の人間じゃないってば•汗。
今で思うのだが、世間から見た目と、私の実態はあまりにもギャップがありすぎて、実生活を見せることはできません。
•••何で俺はこんな世界に今いるんだろうなあ•••。
これは何度も何度も考えることです。
そのルーツは•••こういうところから始まっていたんでしょう。
親は一体何を考えていたんでしょうか?

次回はその辺りも含めて•••。

燃費の悪い車に乗ると長寿になる。

私が今回買った車は実は燃費が悪い。
そんなこと、一応買う前に想定はしていたが、これが想定外に悪かった(笑)
街中でリッター6km。
ゆっくり走ってもリッター6km。
自転車なみのスピードで走ってもリッター6km。
クリープ状態の歩く速さ並みに試しに走ってみてもリッター6km。
まじっすか( ;´Д`)
GTーRは確かリッター6kmだと聞いていたので間違ってGT-Rを買っちまったかと思って車検証を見たのだが、いや間違ってはいなかったようだ。
まあ今回の車は排気量が2500ccもあるので、まあしかたないのかもしれない。
年老いた暴走族と言われてしまう前に(いやとっくに年老いてはいるのだが)とりあえず最後にこういう車に乗っておこうと考えて買ったのだが・・・いやはや。
1500ccクラスだったら多分倍は走ってくれるだろうと思うので、燃料費は2倍かかってしまう。
ガソリン代が気になるので一気に車に乗ってあちこちへ・・・という気が失せてしまった。
さて、燃費が悪い車に乗ると、実は人間長寿になる。
その心は・・・。

なんたって車に乗るとお金がかかるので、どこへでも自転車で出かけるようになる。
郵便局に行くにも自転車。
ショッピングセンターへも自転車。
この間は城山にあるホールに用があって車で行こうかと思ったが、ガソリンがもったいないので8km先のホールヘ自転車で。
最近はとても健康的な過ごし方をしています。
つまり・・・なんたって体を動かすので、健康にはとてもいい。
私は今の車に乗っている限り、長寿になりそうな気がする。
1ヶ月先には22km先の相模湖のホールに用があって出かけるのですが、この時も自転車で行こうかどうしようか迷ってはいますが・・・
ただですねえ、いくら健康にいいと言っても、この間城山に出かけた時は、暑い日でして、途中コンビニで水分補給のために、ペットボトルの水を買い、帰りは腹が減ったのでやはりコンビニでおにぎりに甘いパンを買ってムシャムシャ食べてしまい、合計600円を消費することに・・・。往復16kmで600円だったのでガソリンがリッター125円と計算して・・・
結局リッター3kmの車に乗っている維持費になってしまいました。
これじゃF1マシーンの燃費じゃん。
世界一遅いF1マシーン。

この車、動かすと、とにかく維持費がかかるのですが車内にはDVDを観れる装置があり、また意外にも椅子の座り心地がいいので、暇な休日はもっぱら車を動かさずに車内でオペラなどのDVD鑑賞をしながら椅子で寝そべって過ごしています。
これならガソリンがかからない。
くつろぎ用のソファーにしては、ちょっとでかい買い物になってしまいましたが、まあ非常時に動く乗り物と考えればいいかと・・・。
いや、非常時にこそ、動かなかったらどうしよう・・・汗。

とあるピアノ公開講座に行ってきまして•••part2

今回のピアノ公開講座は残念ながら1日だけしか見学できませんでしたが、非常に内容の濃い有意義な講座でした。

考えてみれば、私は毎年X国まで行って講座を受講していたのですが、なかなかこういうものは期間もお金も莫大になりがちです。

まあ私は貧乏なので、X国講座行脚もびっくりするぐらい渡航費は抑えてあります。

しかし、その間に2週間も休みを取るのはかなり犠牲が大きい。

加えて、やはりいくら安く渡航費を抑えても、やはり国内の受講の方がどうしても安くはなります。

実際、今回のレッスンは4回受けても13万円行きません。

それって•••べらぼうに高いじゃん!と言われそうですが、しかし、渡航して講座を受けようとしたら間違いなく13万円は超えます。(しかし私のすごいところは13万円+3万円で抑えてあるところですが笑。まあ、やばい飛行機に、やばいホテルを使えば十分可能です)

一体どちらがいいのだろう?

国内での講座を受ける方と、海外まで出向いて受講する方•••。

答えはやはり、忙しいかどうかでしょう。

どうしても忙しい人は国内の近場で行われる講座に参加の方がいいもかもしれません。

私も来年はそういう手もあるのかなあ•••と一瞬思いました。

しかし、現地での講座は多数の優秀な先生の見学、優秀な生徒の演奏、現地でしか味わえないヨーロッパ独特の文化の風•••。

いろいろ考えれば考えるほど、やはり国内で質の高い講座教育を受けようという、虫のいい話はないのかもしれません。

現地に赴いたから、感じることがある。

だから留学っていうのは大事だと思いますよ。

加えて•••

やっぱり私にとっては、現地に赴くことは日本では得られない、私だけの貴重な収穫があると思います。

なにがって•••。

そりゃあ決まってますがな。

東欧美女集団でっせ。

これが一番の渡航理由に決まってまんがな。

しかし、本当に考えてしまうのですが、どうしてああもヨーロッパ人の演奏は違うんだろう?

いつも向こうに行くと痛烈に感じてしまうんですが•••。

日本人はやはりダメなのかもしれない。

私でさえ、周りの影響でどうしても日本に感化されてしまう。

そして、この間の講座に行くと、ハッとさせられる。

しかし根本的には自分で気がついて自分で開拓しなければいけない世界です。

私はまだまだ修行と、俗世離れが出来ていない。

どうしても安っぽい音を作ってしまう。

だってあなた、

今までいろんな人が弾いてきたありきたりの曲を、まるで別の曲なんじゃないかと思わせるほど違うように聞かせる。

ショパンの曲は楽譜通りでいいんです。何もいじらない方がいい。

クラシックというものは同じ曲を何度もなんどもみんな弾いていますが、しかし本質を捉えた演奏だったら、絶対にありきたりな感じはなくなって、その曲にすごい感動するはずです。

この曲、こんなにすごかったのかって•••。

残念ながら国内では本当の演奏に遭遇することは、ほとんどないでしょう。

巷ではあまりにセンスのない演奏がばっこしすぎているんです。

私も含めて、本当に日本人は考えなくてはいけない。

そういう反省をするためにも•••やはり私は来年も渡航した方がいいのかもしれない。

もちろん•••

一番の理由は•••笑。

 

 

 

 

とあるピアノ公開講座に行ってきまして・・・

今日は仕事をお休みにして、とある公開レッスンを見に行ってきました。

先生は以前も書いたことのあるフレンチ野郎でして。

まあ名前はクリスマスイブだったか、アンネの日記だったか忘れましたが、まあそんな名前でした。(まあこれで業界人間はわかるでしょう)

内容は・・・いやすごかったです。

私は思うに、マールボロ―にしろ、ロスケ野郎にしろ、とにかくどいつもこいつもすごい。

ここまでくると、この3人(ロスケ、x国、フレンチ)集めてどいつが一番うまいか?なんて意味がなくなってしまう。

完全に言えることは・・・。

日本は完全に置いてかれている、ということです。

今年はX国講座に行かなかったので、ちょっと雰囲気を忘れていたんですが、やっぱりヨーロッパの音はすごかった。

詳しく言うと、やはり和声感。まあ要するに色彩感です。

もっと細かく言えば、単純に伴奏の音が小さいんでしょうが・・・。

とにかくヨーロッパ人のセンスに脱帽です。

私自身ももちろん、いつも気を付けてはいるのですが・・・いやはや・・・。

なので、本当に日本人は反省した方がいい。

日本にいるとあまりにも色彩感がない演奏が多すぎて、自分の解釈が間違っているのかと不安になるんです。

時に、私の解釈(それが正しかったとしても)に反論されることもあります。

そのときに思うんですよ。俺やっぱり間違っているのかなと。

・・・自分は正しい・・・時々そう勘違いしている日本人に出くわしますが・・・。

私は自分の生徒でそういうことを言うバカがいたら「喝!」を入れますが・・・。

今度はこの人のレッスンにチャンスがあれば受けるとは思いますが・・・やっぱり常にヨーロッパに触れていないと、感覚を忘れてしまう。

あの黄金色の音に触れていないとダメなんですよ。

日本では残念ながら白と黒、そして灰色の3色のみ。

プロでさえ、この有様です。

加えて・・・今日受講している生徒はみんな学生かと思いきや…実はみんな4~50代の人たちばかりでした。たぶん30代ではないような。

みんなそこそこの年齢だったけど、熱心で、先生の指導により、みんなすぐ音に反応が出ていました。

何歳になっても勉強は重要なことです。

・・・と、今回私が言いたかったことは、そういうことではなくて・・・

だってそんなこと、今まで何度も言ってきたじゃないですか。

もうそんなこと当たり前なんです。

私が言いたいこと、それは・・・

実は今回、車が本当に壊れて、週末に中古車を買ってくるんですが・・・。

久しぶりに気に入った車を買ってくるので私的にはルンルン気分で。

まあたぶん車を買った直後はルンルンなんでしょうが・・・。

まあたぶん半年後には車に飽きているでしょう。

所詮物欲なんていうのはいずれ、飽きが来る。

どんなに刺激的なものでも人間、飽きてしまう。

だから、その刺激を恒久的に求めるために、常に物を買い替えて、もしくは買い加えていくわけです。

私はそれほど物欲は強いほうではないのですが・・・。

でも物欲と違って、ピアノはどこまで行っても飽きない。

もちろん究極に難しいから、できない、という面であきらめてしまう人もいるかもしれない。

しかし、そこを超えた人間にとっては、車や洋服、高級ブランドと違って、決して飽きることはない。

どこまでも追及心、研究心、向上心、そして演奏欲望は絶えることはない。

あの黄金色の演奏が自分自身できるまでは・・・

絶対に諦めないし、飽きることはない。

 

 

 

 

車が壊れまして•••

つい先日、私の愛車がとうとう壊れてしまった。
なんたってもう20年落ちの車なので、どっかイカれるだろうとは思っていたのだが。
そろそろ買い換え時か、というわけで•••もちろん!また中古の車を(笑)探しに行ったわけだ。
次は何がいいかな。できればどっか行った時でも常にピアノの練習ができるように•••。

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•••みたいなトラックにピアノを積んで旅行にいくのもいいしなあ。
それとも、生徒たちと慰安旅行ができるように

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•••みたいなのもいいしなあ。
いや、最近ドライバーに威圧的な運転をふっかけられることもあるので、馬鹿にされないように

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•••みたいな車もええなあ。どれがいいかなあ。
というわけで真剣に車選びをするためにも、まずは近所の中古販売店に閉店前に出向いたのだが、どれもみんなそこそこ高い。
いやあ困ったなあ•••と思いきや•••。
もう夕暮れ時だったので、よく見えなかったのだが奥の方の車の値段が

おお!これはスカイライン。しかも3万2千円でっか!!
いいじゃんいいじゃん。なんでこれこんなに安いのかね?
•••と、そこへ営業マンがやってきた。
私「あのーこの車なんですが、なんでこれこんなに安いんですか?」
営業マン「あ、お客様、その、お車は実は••••••」
私「え?でも売ってんでしょ、これ」
営業マン「•••••••••」
早速車の中を見たのだが、何も異常は見られず。
書類を見る限り、事故車でもない。
エンジンはわからないが、しかしこの店は1年間の保証が付いているので、少なくとも1年は何があっても大丈夫。
なーに、2年後にまた考えるという方法もある。なんたって3万円だからねえ!。
「トランクルーム見ていいですか?」
営業マン「•••••汗•••••」
なんだよだんまりッちゃって。なんかまずい点があったら先に言って欲しいなあ。
•••と思いながらトランクルームを開けると•••。
トランクルームの底面一面になぜか赤黒いシミが一面に・・・。
もちろん、清掃されているので、だいぶシミは取れてはいたのだが•••。
しかしどういうわけか、腐敗臭がプ〜ンと•••汗。
芳香剤でごまかされてはいたのだが、どう考えても腐った臭いがする。
私「なんですかねこの赤黒いシミ?トマトを山盛り一杯に積んで腐らせたとか!•笑」
営業マン「•••••••••••」
なんだよこの営業マン、気持ち悪いなあ。何にも言ってくれないし。
私「それとも狩猟関係の人が山に狩りに行って、イノシシ撃って、帰りにトランクにイノシシ入れて帰ってきたら腐敗しちゃったとか?笑」
営業マン「•••••汗•••••」
•••と、トランクルームの蓋の裏を見ると、なにか釘か爪のようなもので引っ掻いた跡が。読んでみると
のろってやる
•••と、汗。
「なんですかこれ?」
営業マン「•••••汗•••••」
私「ああ、わかった!これって脱字あんじゃないですか?。つまり•••
のろ(け)てや(が)る。でしょ!笑」
営業マン「•••••汗•••••」
なんだよ、人騒がせな、いたずら書きだなあ。どっかのカップルをヤジったのかね?

とりあえず、トランクがまずいんだろうな。あれじゃ普通の人は買わねーわな。
でも私が乗っていた車だって事故車だったけど、なんともなかったしなあ。

まあ私はそういうの気にしないからねえ。走りゃええねん。
私「とりあえずこの車、商談にしといてくださいよ。また来週来ますから。
営業マン「•••••汗•••••」
営業マンときたら、なんだか顔色悪かったなあ。青白い。よっぽどまずい車なのか?
•••まあでも、どうせ3万円だしなあ。
というわけで一旦帰り、1週間後にまた販売店に行った。
私「すみません、あのう、先週来たんですけど、3万2千円の車、是非買いたいんですけど、担当の営業マン、います?」
営業マンB「え?どの営業の人でしたか?」
私「この人です」と言って先週もらった名刺、販売員、佐藤洋一(仮名)を差し出すと
営業マンB「え!•••あ、あ、あ、あ、あのっ、佐藤洋一が担当したんですか?汗」
なんか相当慌てているようだった。と同時に、真っ青な顔に・・・。
営業マンB「あ、あ、あの、佐藤洋一は既に退職いたしまして•••汗」
私「え?そうだったんですか。まあとりあえずこの車、契約します」
営業マンBは相当びびっており、契約中もボールペンがブルブルと震えていて文字がぐにゃぐにゃ。汗だくだく。
なんだかなー。でも売ってんだし、保証もあるし•••まあいいや。
•••と、契約を済んで、家に帰り、テレビを見ていると
「昨日、指名手配されていた傷害致死容疑のサラリーマン金融の男が逮捕されました。男は去年12月、自動車販売員、佐藤洋一さん(仮名)を金銭トラブルで刺し、車のトランクルームに3週間放置して死なせた疑いが持たれています。近所からは白っぽい車のトランクから異臭がするという通報を受けて現場に駆けつけたところ、佐藤洋一さんを発見したとのことです」
•••ウォー!!まじか!!!。なんてこった!契約破棄できるかな?
•••って場合じゃなかった!。なんだよあの人、死んでいたはずじゃん!おいおい。
•••と、そこへ玄関の呼び鈴が「ピンポーン」っと。
お!素早いねえ。営業の人が来て早速「申し訳ございませんでした。実はあの車はちょっとまずい車でして、他にお車をご用意いたしますので•••」
と言うだろうと玄関を開けると•••そこには•••。
佐藤洋一(仮名)「ご契約ありがとうございました。お車、こちらまでお運びいたしました。どうです?よかったらお車の操作方法を教えますので、ご一緒にドライブでも?」
私「•••••汗•••」

残暑厳しい夏の終わり。少しは涼しんでいただけましたでしょうか?
ほら、あなたの車もバックミラーを見るとそこに営業マンが••••。
注。これはフィクションです。•••いや、一部フィクションじゃないかも?