プラハ、ウィーン旅行記

2002年12月4日〜14日の間に、私はプラハとウィーンへ旅行に行きました。

ウィーンへは既に今回で3回目ですが、プラハは今回初めて。その旅行記のすべてを紹介します。

 

プラハ(prague)

プラハは、現在チェコ国の首都になっています。言語はチェコ語、このチェコ語はまるで日本語のようにどこにも聞いた事のない言語ではないかと思います。

チェコ人はトルコ系の血が混じっていますがどちらかと言うと、ラテン系の雰囲気を持っています。

私は飛行機で東京から、スカンジナビア航空でコペンハーゲンへ、そしてそこから乗り換えでプラハへ飛んだのですが、コペンハーゲンまでは、非常におとなしいヨーロッパ人達がプラハ行きの飛行機になると(当然、全員チェコ人ですが)突然やかましくなりました。お酒を飲みながら、大きな声で雑談する男達。服装はビジネスマンに似合わないラフな服装。私達日本人を見て、大きな声で何かしゃべっている大男達・・・おまけにみんな声が大きいので隣の人と大きい声でしゃべらないといけないもんだから、どんどんエスカレートして・・・飛行機の中は居酒屋状態。

不思議な事に、プラハ行きの飛行機に、日本人は私だけでした。これはプラハの都市でもそうでしたが、日本人は極端に少なかったです。観光地はもちろん、ホテルでも、わずか一組しか出会いませんでした。

どうやら、プラハと言う観光都市は日本人にはなじみが薄い様です。ウィーンでは石を投げると必ず日本人に当たるかなという感じでしたが・・・

しかし、私はこのプラハが大変気に入りました。私は中世ヨーロッパの町並みが大変好きなのですが、ここプラハは、かなりその面影を残しています。

加えて、やはり住んでいるチェコ人の気質、そしてプラハという都市が、人間らしい、どことなく田舎っぽい所だったからかもしれません。

私は日本でも都会は大嫌いですが(特に渋谷は大嫌い!。あの渋谷駅からCD屋のタワーレコード店へ行く時の混雑ぶりは、ほとほとイヤになる!。私はいつも、タワーレコードへ行く時には歩道を歩かずに、車道を歩いています。早くあそこは地下道を作って欲しい!)ここ、プラハはウィーンほど、洗練された都会でもなく、また物価も安い事が、気に入りました。

 

さて、次はプラハの町並み写真です。

ここは、プラハの中心地でおそらく誰もが初めに訪れる、旧市街広場。

ここには、1300年前後にたてられた、旧市庁舎とティーン教会があります。

1300年の建物というのは、ヨーロッパでは非常に古いゴシック様式の建物になります。

既に700年近く経って今なお健在(部分的には補修がしてある)というあたり、

日本の25年もすると傾き始める木造家屋はなんぞやという気になってしまいます。

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手前のピンクの建物は、おそらく1700年前後にたてられた、比較的新しいバロック様式の建物です・・・つってもねぇ・・・もう300年もたってんですがね・・・

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これらのゴシック建物が夜になると・・・次のページへ

 

 

 

2002年冬、プラハ、ウィーン旅行記インデックス

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  5. ウィーン1
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  7. ウィーン3

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