村田ピアノ音楽院

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村田ピアノ音楽院の特徴

日本人にはどうしても理解できない領域

私自身はヨーロッパ文化はヨーロッパに触れていればいろいろと理解できる物が多いとは思っている.

クラシック音楽だって元はと言えばヨーロッパ人の音楽だけど,日本人が勉強すれば決して理解できないものではないとは思っている。

しかし一つだけ、どうしても日本人には理解しにくいものがあるだろうと思っている。

それは・・・宗教心である。

日本で宗教なんていうとだれだって「やばいんでないの?」と思われてしまうほどタブー扱いな言語ではあるが、それは多分日本に宗教が根付いていないからだろう。

そこが・・・ヨーロッパとの違いだ。

ヨーロッパにはどんな小さい田舎だって教会が必ずある。

そして、いったいその村のどれだけの割合か知らないけれど、本当にひっきりなしに信者がやってきて祈りを捧げている。

もちろん,日本だって神社にお参りしていくものはいるだろうけれど、別に何かを信仰しているわけじゃないし,お参りっつったって,なんかの記念行事ぐらいだろう、いくのは。

でもヨーロッパ人はほとんど毎週末には教会に行くらしいし、何かあるごとに夕刻など訪れている。

そして,何を考えているのか?何を祈っているのか?ほんと、2〜30分は椅子に座っているのだ。

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やっぱりこれは我々日本人には良く理解できない。信仰心というものや、崇拝というものは日本人には縁遠い。

キリスト教という宗教を崇拝すると何が違うのだろうか?やはり何か頼りがいが出来るのだろうか?それとも悩みが減るのだろうか?正しい道徳心が身に付くとか、もしくは生き甲斐が出るのだろうか?

それは残念ながら信仰心を持たない日本人にはわからない。しかしキリスト教を信仰したからといってさまざまな問題が解決するとも思えない。

なぜなら,ヨーロッパはそれでも日本より犯罪は多いし,自殺者が少ないわけでもないし、何百年も戦争を繰り返してきた。

宗教は時として神が違えばそれが理由で宗教戦争というものまで起きてしまう。特にキリスト教徒とユダヤ教徒の関係はひじょうにやっかいだ。ときにそれが命がけで信仰するハメになる。

しかし,それでも今なお信仰しているあたり,やはり少なくともクリスチャンでない私には良く理解できない。

こうして私たち日本人が教会に訪れても、ただ単にその美しさに目が奪われるだけで、本質的なものはわからないのだ。

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教会の中の装飾は大変美しい。しかしそれが何のために美しいのかはおそらく日本人にはわからない部分があるのではないだろうか?

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正面の中心には必ずといって良いほどキリストの絵や像がある。

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時には非常に美しい絵に遭遇することもある。

おそらく中心に描かれている人物はキリストの誕生を描いているのだろうか?

左はマリア様だろうか?

どちらにしても大変美しい絵画だ。

このような絵がほんと、ザックザク教会にはある。

しかし我々日本人が美しいと思いながら鑑賞すると違って,信仰心の深いヨーロッパ人がこの絵を見た時は、どういう気持ちがよぎるのであろうか?

それは絶対日本人にはわからないものがある。

そういう意味ではキリスト色の強いバッハの曲、とりわけキリストの死から復活を描いた聖書を元に作られた曲、マタイ受難曲やヨハネ受難曲という曲などは私たちが聞いてもsoその曲の背景にあるものをヨーロッパ人ほど理解はできないかもしれない。

そう,ただ単にマタイ受難曲などは「美しい」と思ってしまうだけなのだ。

また,リストの晩年の曲などにはかなり宗教色の濃い曲などが見受けられるが,やはりいまいち良く理解できない部分もあったりする。

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この教会は聖アウグスティーナ教会といってウィーンのハプスブルグ皇帝達の数多くの婚礼が行われた教会でもあり、また数多くの皇帝一家の墓が地下で眠ってもいる教会でもある。

大変立派なパイプオルガンもあり,訪れた時に丁度パイプオルガンの練習が行われており(よくここでは練習をしている,頻繁に行ってみるといい,確率は高い)全くもってその音の巨大さにはびっくりするほどであったが,このパイプオルガンの演奏も我々日本人にとっては「荘厳」とか「威厳ある」とかと考えてしまうのだが、それはひょっとしてクリスチャンにとっては場違いな感じ方かもしれない。

自分の信仰であるキリストの前ではクリスチャンはどのような気持ちになるのか?・・・そういう信者があのパイプオルガンの演奏を聴く時,どのような思いが胸にあるのか?無神学者の私にはわからない。

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ここに座っている人達は・・・別に休憩しているわけでもなく(笑)また何かを見ているわけでもなく・・・やはりお祈りに来ている信者である。

ところでこの教会の中にひときわ目立っている彫刻があった。

これはなんでもマリアテレジアの娘(といっても58歳で死去だが)の棺がこの穴の中にあるらしいのだが、ここに入っていく5人の表情は何とも言えない表情を持っている。(画像をクリック!さらにまたクリックすれば,ひとり一人の顔の表情が伺えます)

彼女らは何を思ってこの穴に入っていくのだろうか?どうしてあそこまでの複雑な表情を浮かべているのだろうか?

おそらく私たち日本人はこの彫刻の表情をただ単に「感慨深い」と言ってしまうのかもしれないが,そこにはやはりクリスチャンにしかわからないものがあるのかもしれない。

そう考えてみると・・・日本の葬式はちょっと変わった所があるとは思わないだろうか?

本葬が終わったあと、参列者達によく寿司などが振る舞われてみんななぜか楽しそうに(失礼!)故人の前で食事をするのだが・・・まあだからといって悲しんでいないわけではないのだろうけれども・・・何となくあれは日本人の私でさえちょっと・・・違和感があるのは・・・私だけなのだろうか?・・・。

 

続く・・・

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