時代は変わったのだろうか?

 

最近実はまたしてもディズニーリゾートに行くチャンスに恵まれた(笑)

私は夕方からの入園で合流したので、乗り物はそれほど乗れなかったのだが,今回はディズニーシーの方だ。

seaの方はもう随分前だと思うが行ったことがある。といっても確か7年ほど前だからつい最近か・・・と言っている事自体、全然昔じゃないか(汗)

7年もあったら子供が中学生になっている。だから俺もとんでもなく歳をとっているわけで(汗)

さて、今回久しぶりに行って,あるショーを見た時にふと,考えてしまったことがあった。

それは夜8時頃に行われる水上ショーだ。

7年前はいたく感動した覚えがあったのだが,今回は実は昔とプログラム内容が違っていた。

あれ?,昔の内容と違うなあ。

一応見てみたが実は・・・私は昔のプログラムの方が好きだったのだ。

昔のプログラム・・・どんな内容だったっけかなあ?・・・

探してみたら・・・あったあった、ありました!

そうです!ブラビッシーモ。

 

 

 

 

ちなみにこちらは現在の水上ショーです

 

なんでもファンタズミックというらしいのですが。

私は・・・圧倒的に昔のブラヴィッシーモの方が好きなのですが。

もちろん、人の好みはいろいろだとは思うのですが・・・。

はたして、制作者側がどういう意図で,現在こちらの作品に変えたのかは分かりませんが・・・。

私はブラヴィッシーモの方が,より叙情性があって良かったのです。

もちろん,現在の方もそれなりに楽しいし美しい。しかし・・・。

ブラヴィッシーモの方は

~水の精と火の精、奇跡の物語:遠い昔、水と火はまったく別の世界に住んでいて、決して出会うことはありませんでした。ところがある日、神秘的な"水の精"ベリッシーと、­勇敢な"火の精"プロメテオが出会い、美しい奇跡が起こります〜

 

と書いてありましたが、どちらかというと,より西欧ヨーロッパ的な発想の内容でした。(そもそも,ブラヴィッシーモとはフォルティッシ前のモと同じく,イタリア語で最大級のブラボーな,という意味だと思います)演奏もおもいっきりオーケストラでしたし。

それと違って現在の方はおもいっきり元気の良いアメリカンロックです。

 

私はあまりどうこうというつもりはありません。そうでなくてもディズニーシーのコンセプトも立派ですし。

多分・・・私が古いんでしょう(笑)

それとも時代のし好が変わったのか・・・。

以前、ある人が言っていました。

「音楽はスポーツだ」と。

確かにiphoneを聞きながら,ランニングしている人とか、コンサートで手拍子で踊っているのを見ると,音楽を聴きながら身体を動かすのは決しておかしい事じゃない。

そもそも音楽のルーツは人間の祖先がアフリカで祭りの舞曲から始まったわけだから,音楽を聴いてエキセントリックになるのは全然まずい事じゃない。

だからハードロックが非音楽的などという気持ちはみじんもない。

所詮、ストラビンスキーやプロコフィエフだってハードロックの様な一面はある(だから私は両者はあまり好きじゃない・笑)

何を聴こうとその人の好みで聴けば良いだけだ。

ただ・・・ブラヴィッシーモの様な一時代前のヨーロピアン総合芸術が市場から無くなってしまうのは悲しい。

私は決してアメリカを目の敵にするつもりはないけれども、私はアメリカ文化よりヨーロッパ文化の方が好きだ。

ヨーロッパの方がより多種多彩だし,繊細で歴史もある。それに比べると,アメリカ文化はどうも迫力とか,スピードとか、豪快性などに着目しすぎている(もちろん、現代アートの方は私は詳しく知りませんが)

ヨーロッパ文化の良い所、それは・・・簡単にはいえないけれども,その一つに,ロマン性なんだろうと思っている。

ロマン性なんて、あまりにも抽象的な言い方でしかないが,要するに人間臭いものをかなり含んでいると思っている。

もちろん、ロマン主義なんてもうとっくに過去の遺物ではあるけれども、現代でもそのロマン主義のショパンやリスト、ラフマニノフは未だに弾き続けられている。

そういう人間臭いもの・・・もう少しスマートな言い方をすれば,ヒューマ二ティというのかもしれないけれども・・・最近のクラシック演奏にもそのヒューマニティが欠け始めていると感じるのは私だけなのだろうか?

昔と比べると、やけに人間臭い演奏が減って、そのかわり近頃の草食男子のようなスマートでストレートな音楽が増えた気がするのは・・・きっと中高年オヤジの気のせいだろう(笑)

近頃はこういう時代の流れで私自身,あるジレンマに陥っている。

どういうジレンマなのか?

それは,また次回。

・・・続く・・・

 

2014.4.28

村田ピアノ音楽院

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