村田ピアノ音楽院

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時代は変わったのだろうか・・・3

 

私が小学校の頃,実はかなり変わった先生がいた。

小学5〜6年生の担任だったのだが、風貌は分厚い縁の黒いセルロイドメガネで頭は整髪料でびっちり7/3分け。そして・・・頭を洗っていないのか、すごいフケが肩にいつも雪の様に溜まっており(笑)やや小太り。教室では薄汚れたトレパンで(しかもこれがバレリーナみたいにパンパンのぴっちりサイズで前も後ろもモッコリと・笑)無精ひげが生えていて・・・。

と、ここまでだけでも女の子達にはかなり不評なのだが、さらに加えて・・・これがまたどういうわけか、いつも息が酒臭い(爆)

ありゃどう考えてもアル中なんじゃないのか?と思ったのだが、子供がそう思うほど臭うんだから、職員室でもかなり言われていたに違いない。

おまけに、二日酔いが酷い日は朝から授業が出来ないと判断したのか?朝から「よーし!今日は授業なしだ!表に出てみんな体育だ!」とかいって皆で野球やドッジボールで夕方まで遊ぶなどという事をやっていた。

本当に今考えると、とんでもない先生で(笑)あれでよく懲戒免職にならなかったな、と思ったんだが・・・。

一方で、では保護者から苦情が来ていなかったのか?だが・・・。

今だったらそりゃジャンジャン苦情が来て、あっというまに左遷か、首である・・・が・・・。

どういうわけか、ほとんどと言って良いくらい苦情はなかった。・・・というより、何故か、保護者からは評判が良かったのだ。

なぜか?

実はこの先生、ものすごいスパルタ教育だった。

まずは5年生の4月、いきなり「皆さん、明日からかばんで来ないで家にあるランドセルで学校に来て下さい。みんなまだ持ってますよね?」

「え〜!!」

当時、ランドセルなんて、小学1〜2年のガキが持ってくるかばんで、そんなダサイ、ランドセルなんかで来るもんか!という感じだったのだ。

しかし、先生は「せっかく、いいランドセルを持っているんだし、両手が空くし、故に安全だし,中学に入るまでランンセルで来ましょう!」と・・・。

これ、しかし、正解である。

ランドセルなんて、子供のころは分からなかったが、あれほど実用的で丈夫なかばんはない。なんたって牛革で出来ているのだ。ありゃめっちゃ高級かばんである。

そして、勉強においては必ず毎日家庭で「家庭学習」なるノートを作らせて必ず、復習をノートに全部書かせるのだ。

大体、この復習ノートは比較的、効率の良かった私でさえ,1時間はかかったと記憶している。

だらだらやっている奴だと、2〜3時間は書き上げるのにかかったらしい。

当然、翌日学習ノートにはチェックが入り、いい加減な生徒は毎回呼び出しを食らう。

そして、毎週月曜日の午前は漢字と、算数の小テスト。

もうこれだけで、生徒達からは不評である。もういつも陰で先生の悪口ばかりである。

しかし・・・そのおかげで実はあのクラス、学年ではかなりレベルが高かったらしい。

今で言う学習塾の様な存在だった。

ちょっと変わった先生だが、なかなか良いのではないか・・・と親たちからは評判だった。

また、私の親が「先生・・・,実はうちの子がピアノの練習をいやがりましてね・笑。みんな家に帰ると必ず友達と毎日遊ぶ約束をしているのに、俺は毎日ピアノの練習で遊べない!。俺も皆と同じ様に毎日遊びたい!・・・っていうんですよ。やっぱり可哀想でしょうか?」

と相談したらしい。するとその先生が

「今我慢して勉強やピアノを練習する事は必ず将来、プラスになります。今遊んでいる子は必ず将来,後悔します。一時の感情、快楽で将来を棒に振ってはいけません」

と言ったらしい。

これ、今思えばすごい内容である。

 

昔はこういう「俺についてこい!」という感じのリーダーシップを発揮して強引に引っ張っていく先生がいたものだ。

あの時はみんな苦手な先生だと思ってはいたものの、子供心に心のどこかで、決して憎んではいなかったし、どこかで多少の感謝をしていた様に思う。

そしてそれは、年月が経てばたつほど、大きい感謝に変わっていくものだ。

しかし・・・現代はこれが通じる世の中か?

絶対に通じない。とにかく、これはすぐクレーム扱いになる。

・・・時代が変わったか・・・。

そんな先生も実は1年経った時に、あまりのアル中が進んでしまったせいか?ついに学校を休職するはめになってしまったのだ。

そして、その先生が休職になっていた間に、非常勤講師が来たのだが、なんたって今まで厳しい先生で統率が取れていたものだから、非常勤の若い先生が来るや否や、もう教室は崩壊してしまって毎日荒れ放題である。

これ、確か3ヶ月でこの非常勤の先生、左遷でいなくなってしまった(笑・汗)

以後、何人も非常勤の若い先生が来たのだが、ことごとく皆我々が暴れて追い返してしまった(爆)

確か・・・記憶が間違いでなければ、3人まず変わったはずだった。

一人目は突然切れて生徒を思いっきりビンタして辞めてしまい、二人目の先生はエンエン泣いて職員室に帰ってしまって以後、こなくなり・・・。3人目はあまりに怒ってしまってむっとした顔で授業放棄を1週間して・・・やっぱり来なくなってしまった。

今思えば、めっちゃ悪ばかりの生徒達ばっかりだったのだが、4人目の非常勤は・・・これが前のアル中先生の様におっかない先生だったので、すぐ統率が取れる様になった。

所詮子供は単純である。ただ単に罵声と体罰で静かになるのだ(爆)

そりゃそうだ、子供なんて所詮動物である。しつけが肝心なのだ(・・・と、これも現代では問題発言ではあるが・汗)

 

そうこうしているうちに、前のアル中先生が病院を退院して戻って来たのだった。

 

 

 

 

・・・続く・・・

 

 

 

2014.5.8