村田ピアノ音楽院

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時代は変わったのだろうか?・・・4

 

あのアル中先生が帰ってくる!

・・・まじか!・・・

回りは驚きでしかなかった。たしか6年生も9月半ばが過ぎていた様な気がする。

最後に来ていた非常勤の先生は厳しくておっかなかったが、反面、面白い所もあり、生徒にはなかなかの人気者だっただけに、正直私たちにはショックだったが、まあしかたない。

そして、クラスはまるで資本主義の活気あるロシアがまたソビエト社会主義国になったみたいに、どーんと暗い,冷徹な統率の取れたクラスになったわけだ。

もっとも・・・あのアル中先生、以前ほどではないが、やっぱり僅かにアルコール臭が(笑)

まあでも所詮、先生なんて人気者じゃ困るのだ。人気取りでやっているなんて,芸能人じゃあるまいし、しっかりと教育してくれないと親は困るものだろう。

あの頃は我々生徒がアル中先生の顔色をうかがいながら、授業を受けていたと思う。

だからまあ、クラスは静かだったわけで・・・。

逆に非常勤の若い先生達は我々生徒達の顔色を伺いながら授業を進めていたわけで・・・

だから我々子供達は残酷な悪魔だから、それをまんまと見抜いて、授業を崩壊させていたわけで・・・。

おまけに若い弱そうな女の先生だったら、ありゃ泣かしちまえば二度と来ないぞ!やっちまえ!・・・といじめていたわけで(笑)

でもまあ・・・今じゃ先生ってほとんどが生徒の顔色をうかがいながら授業を進めているんじゃなくて(?)

学校の先生なんだし、国民の教育の為の公務員なんだからデンと構えていけば良いのに、別の意味で国民の為の公務員という事で変にご機嫌取りに走っている。

そしてそれって・・・ピアノの先生もほとんど当てはまっているんじゃなくて?(爆)

昔の先生っていうのは、 なぜ先生になりたかったのか?というと生徒へ伝えたい強いメッセージがあるから、という願望をみんな持っていた様に思う。

同じ様にピアノの先生も、ひとり一人に伝えたい強いメッセージのために初めた人が多いと思う。

そうやって「私についてきなさい!」という先生が・・・昔は多かったんだろうが。

でも今じゃ、そういうリーダーシップを取る先生はクレーム扱いである。

だいたい家庭でさえ「俺についてこい!」という旦那がいれば「何、生意気な事言ってるのよあんた!何様だと思ってるの!」と言われて女房から往復ビンタをもらいかねない時代である。

所詮、生徒全員に自分のメッセージを隅々まで強制させるなんて、土台(どだい)無理な話だ。

聞いてもらえる、もしくは受け入れてくれる生徒がいればこっそり伝える・・・その程度じゃないとトラブルの原因になる。

私は比較的その中でも、強烈なメッセージの元、断トツのリーダーシップを持って指導して・・・いきたいんだが・・・やっぱねえ・・・。

私は私で教室開業当初から強烈なメッセージは変わらない。

だから、そのメッセージはHPを通して発信していくだろうし、生徒にも伝えていくとは思うが・・・これからは「どうしても教えて欲しい」という生徒にしか伝えていかないだろう。

私だってトラブルはごめんだ。嫌いな言い方だが、おとなしく生きていた方が平静に生きていけるからだ。

 

・・・時代は変わったか・・・

 

とにかく今の時代、リーダーシップのある先生はまずい(笑)

完全に社会が拒否している。

師匠から師弟へ。そしてまたその師弟がさらに弟子達へ・・・。

そういう流れは今や断絶の危機にさしかかっている。

もっとも、伝える内容がいつも正しいとは限らない。そんな保証どこにもない。

私が大学に入る前までの日本人の音大教授は「騙されたと思って私についてきなさい!」と親分肌の教授だった。

まあ人間的にはとても良い人だったとは思うんだが・・・。

いやしかし・・・伝授したテクニックがハ●フィ●ガーだったもんで・・・確かに騙されたか(汗)。

 

さて、アル中の先生だが、確か私が高校生ぐらいの時だったか、友人の親が偶然飲み屋で一人、泥酔している先生を見つけたらしい。話を聞くと「校長と意見が合わなかったので教員を辞めました」と言っていたらしい。

その後2〜3年経ってその先生が肝硬変で亡くなったと聞いた。

自分の教育方針が校長と合わなかったのか?それともアル中だから辞めて欲しい、といわれたかは分かりませんが、それでもあの時代を象徴した先生だったんだと、今では思う。

アル中先生が亡くなって、ホロビッツが亡くなって・・・

・・・時代は変わったか・・・

・・・って・・・

・・・次はまさか・・・俺じゃないだろうな?(怖)・・・

 

 

 

 

 

 

2014.5.12