子供のためのコンクールpart4・・・(私の持論)

大人の世界ではコンクールはレベルが高いコンクールであればあるほど、自分の将来の肩書きのために受ける。そこには楽しみとか、経験とか、そんなゆうちょうな事は言ってられない。

みんな自分の生活のために必死であるし、がけっぷち状態で受けている人がほとんどだろう。

大人はしかたがない。自分で選んだ道なのだから。

しかし、子供は状況が違う。プロのコンサートピアニストになりたいと言うのならまだしも、一般には正の利益よりも負の利益の方が多い。

人間の欲望は尽きる事なく、さらに上が欲しくなる動物なので、どうしてもある賞を取れば、さらに上が欲しくなるのは当然である。

もしくは、惜しくも賞を逃せば、今度こそは!とチャレンジをしてしまう。

そういう事をしている内に、楽しみよりも苦しみの方が多くなってくる。

まあそれも、熱血高校野球的で良いかもしれないが、よ〜く考えてみると、対戦相手がいる野球ではなく、音楽を演奏しているだけなのだ。もちろん、どこにも対戦相手などいない。

ここに、コンクールの弊害がある。

食っていくために、プロになるためにコンクールを受けるのは理解出来ても、それ以外の人たちが競う事は、良く考えると疑問点はある。

ツィマーマンとホロビッツ。もしくは、私が気に入っているガヴリリリュクとコブリン、どちらのピアニストがうまいか?などと言う事は全く持って意味がない。

どちらもうまいに決まっている。

話は違うが、王将の餃子と、私の生徒がコックをしている高級フランス料理・サンジュリアンの料理、どちらもうまいに決まっている(私にとっては)

要するに、ピアノを弾く人は聴衆の前で楽しんで弾ければそれで良いのだ。

もう一つ、コンクールの弊害、それは指導者側からの意見として、コンクールというレベルの高さゆえに、曲の完成度を異常に高めなければいけないという所から来ている。

通常、発表会などの一般的な演奏会の場合は、音ミスや、転び、音ぬけなどの完成度はそれほど高めなくとも、良しとされるのが常です。

いちいち重箱を突っ突く様な事は必要ないし、良くない。

しかし、残念ながら、コンクールはそういう、音ミスや、転び、音ぬけなどをすれば、たちどころに減点対象になる。これらはコンクールでは絶対に許されない。

それ故に、どうしても完成度を上げるために、本人にはかなりの練習量と、時間、そして忍耐力を必要としてしまう。

当然の事ながら、良い音楽性を持ってして演奏しているならば、こちらも誉めてあげたいのだが、コンクールはそこまででは、まだ誉めて終了段階・・・ではない。

おまけに、本来ならば、子供の指導の場合、あらゆる曲、もしくはソルフェージュを勉強させなければいけないのに、それをさせずに、ただひたすら課題曲を練習させる事になる。

忍耐力を強要だけならまだしも、効率の悪い勉強は、決して良い事ではい。

結果的に、子供がコンクールに参加するという事は、様々な面において、どうしても無理が生じやすい。

刺激を受けるために、もしくは自分を試したいために、積極的に勉強をしたいから、あの緊張感が好きだから、・・・つまり、正の利益がある限りは受けても良いが、負の利益が出始めたら・・・いつかどこかでストップをかけた方が良い。

そうしないと、どんどん砂地獄にはまってしまう。

話はさらに全然違うが、私の愛車は親から譲ってもらったクラウンである。

クラウンと言ってもなんと!、18年落ちのビンテージクラウンである。

あちこちがいかれ始めていて、この間エンジンマフラーを8万円で交換したと思ったら、今度はクーラーが壊れてしまった。

何でも20万円かかるらしい。

今度こそは!クーラーを直せばしばらくは故障が出ないだろう・・・。

コンクールと同じく、この車もいつの日か、廃車にしないと、どんどん砂地獄にはまってしまう。

分かってはいながら、止められないのだ・・・。

・・・と言っている間に、どこか私の持論などという事がすっ飛んでしまったようだ。

長くなったのでここいらでおしまいにしよう。

村田ピアノ音楽院

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