私は電車が大嫌いだ!

 

私は電車が大嫌いである(ただし旅行時の列車は別)。理由は様々である。

さかのぼること20年前、通っていたM大は1〜2年は埼玉の山奥の校舎だったので八高線という今は亡き(?)ディーゼル列車で通っていたのだ。

八王子から飯能の間の田舎の景色はすばらしく、春はツツジ、初夏は新緑、秋は稲刈りと様々な風景が車窓から見れた。

加えていつも混んでいないのが良い。ゆったりとしたスペースで気分はジャンボジェット機のファーストクラスであった。

しかーし!3〜4年生は池袋近辺の校舎である。

一気に通学はラッシュアワーに遭遇である。

朝、町田駅のホームに並ぶ。

ホームはもう既にものすごい行列である。

もうこれじゃ車両が満杯になっちゃうじゃん!・・・と思いきや、入ってくる電車は既に満杯である。

サラリーマンが壁のガラスにたこのようにへばりついて口が吸盤になっている。

そこへその行列がドーッと入っていく。

私は人間だ!家畜ではない!

そのまま、新宿へと向かう。

私は痴漢の気持ちがわからない。

あのような劣悪な環境でよくもまあ発情するもんだと。

だいたい本当に手も腕も動かない。

そんなことが2年間。

特に困るのが少年ジャンプが発売される時期である。

必ず満員電車の中で少年ジャンプをひじを大きく広げて読んでいる若者がいるのだ。

以前、思わず「ちょっと君、満員電車でマンガを読むのは止めろよ!」

こう言ったのがまずかった

思わず若者に胸ぐらをつかまれ「お前だってショパンっていう名前の音楽雑誌を大きくひじを広げて見てるじゃねーか!」

となりのおばさんが、そーだそーだとばかりに俺の顔を見る。

・・・なんで満員電車の中での楽しみである、ささやかな昨日発売されたショパン音楽雑誌を見ちゃいけないのか!?

全くもって満員電車は勝手な人が多くて困る。

そして車窓からはビルとネオンしか見られない。

4年間大学を通ったあとで思ったことは「絶対俺は東京方面に仕事関係で就職はごめんだ」

ということだった。

加えて電車の中でウォークマンなどを聴いても電車の音でよく聞こえない。

そういえば最近こんなことがあった。

埼玉でコブリンのリサイタルがあったので高校生の生徒を引き連れて電車でいった時の事だ。

「あ、そこのいす空いたよ、座ったら?」

「いえ、私は若いから大丈夫です。先生もう若くないんだから座ったら?」

この言葉に異常にアレルギー反応を感じ

「いや、先生は足が丈夫だからねえ、まだまだ大丈夫だよ」

・・・と、大宮駅まで立っていったのだ!

生徒はケロッとして立ったまま携帯メールを打っている。

・・・私も負けじと来もしないメールを待って携帯をいじくる・・・

そして、帰りもかよ!・・・と立って帰ったのだ。

帰宅した頃はもう、へとへとである。

加えてこの時期は3月。

インフルエンザが蔓延していた時期だったのだ。

身体の疲れはいとも簡単にインフルエンザに感染を許してしまったのだった。

現在ではどこへ行くのも車である。

車は混みやすいから危険と思う人がいるかもしれないが、意外とそうでもないのだ。

いざという時はどこかに車を駐車場に入れて最寄りの駅から向かえばいい。

そうでなくとも車の中は快適である。

何といっても絶対に侵略されない空間が保たれる。

自分の顔のとなりにキスでも迫るばかりにおやじの顔が迫る事もない。

そして運転席脇にエッソの持ち帰りドトールコーヒーを置きながら、お気に入りのCDを聴く。

この間は葛西で行われた生徒の結婚式に車で行った。

帰りの首都高湾岸線のきれいな横浜の夜景を見ながらのドライブは最高である。

途中、山下埠頭で降りて、やはりドトールの持ち帰りコーヒーを運転席脇に置き、港の見える丘公園に車を停め、飲みながら公園のカップルを観察して、その後しばし仮眠・・・。

こんなこと、電車ではできないのだ!

車は快適である。

私に言わせれば、ハンドルも鍵盤も国産で結構!、ピアノの椅子に座ってピアノを弾いている時と、車の椅子に座ってハンドルを握っている時こそが私の至上の幸福なのである。

村田ピアノ音楽院

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