音楽と体育2

 

スポーツというものは,一見、頭の悪い連中が体力にまかせて、やっている様に見えるけれども,それはレベルの低い連中であって、トップレベルになればなるほど,実はかなり頭脳プレイが多いのではないかと思う。

サッカーなどはそのボールさばきもさることながら,どうやって相手チームをかいくぐってボールを持っていけば良いかとか、さらにそれが器械体操となれば、どうしたらウルトラC技が出来るかなどは、かなり研究を尽くさないと多分できない。

トップクラスのスポーツ選手は,単に筋肉訓練や、反復練習だけではなく、その陰でかなりな研究をしているのではないだろうか?

しかし,その研究というのは多分、一般の数学や英語の様な勉学とは方向性がちがう物で、たとえば勉強ができるから,仕事もできるとは限らない、というような内容だと思う。

しかし、ことピアノに限っていえば,音楽性とかはスポーツとは違うが、テクニックの習得は,もうこれは器械体操などとほとんど変わらないだろう。

違うと言えば,器械体操などは,20代前半で、もう体力的に下り坂になってしまって、もう出来ない,という点だけなのかもしれない。

ピアノの難しさは,だいたい2つに分けられる。

一つは音楽性。これは逆にいえば,各個人のセンスに委ねられている。そして,この音楽性は正直、勉学をすればどんどん習得できるというほど、単純なものではない。

変な言い方をすれば,単純に10年経つと意外と理解できる事も良くある。

それと違って,テクニック。

これは様々なものがあって,単純に速く弾けるとか,表現の技とか、楽に弾くこととか、暗譜を完全にするとか、はたまた、本番の時にいかに失敗しない技とかだ。

音楽性はひらめき程度で楽に習得できることもあるが,一方・・・テクニックは厄介だ。

あらゆるテクニックは本当に頭脳プレイである。

多分ピアノ学習者がもっとも悩むものは,このテクニックだ。

頭じゃ分かってはいるけれども・・・頭では完成しているんだけれども・・・と言いたくなるお決まり文句だ。

極端に言ってしまえば・・・ピアノ演奏は1%の音楽性と、99%のテクニックで構成されている,といっても過言じゃない。

つまり,曲を仕上げるってことは,そのほとんどが最終的にテクニック如何で決まってしまう(音楽性はどうかということは省いて)

このテクニックを詰めている時に「できない・・・」と悩んでしまうのだ。

不可能を可能にするにはどうしたらいいか。

ここでやみくもに練習していると,絶対に不可能から抜け出せない。

必要なのは「頭脳」だ。

ここで考えるか否かで決まってくる。しかし,考えない人はここで出来る人を「天才」と言って諦めてしまう。

いや確かに天才はいるとは思います(汗)

でも神業でなくとも、努力で成し遂げた秀才はもっといっぱいいる。

私も自分で「秀才」と言うつもりはないけれども,なんとかここまで諦めずにやって来ました。

仮に私が出来ることを「あなたは元々出来るから・・・」などと言われたとしたら大変心外だ。

過去のメッセージ集で何度か書いたかもしれないが、私は20代はほんと、落ちこぼれだった。

あの時に,すべて諦めていたら,多分,今でも「あの人は天才」と言う言葉で片付けていただろう。

そこから、本当に、一生懸命考えながら,テクニックを作ってきたつもりだ。

今でも忘れないが,重量奏法で悩んでいる時,とあるレストランでスパゲッティを食べようとした時だった。

フォークを持って食べようとした時・・・

「あ・・・。」

その時何に気がついたのだか思い出せないのだが、フォークの重さと腕の重さでスパゲッティを食べようとした時だったかな?・・・ある一つの重量奏法の謎が解けた時だった。

そのまま,何も食べずに慌てふためいて電車に乗って自宅に帰って夜遅くまでピアノで確認作業をしていたことを今でも思い出す。

スポーツ選手もそんな研究を繰り返しているに違いない。

もちろん、そこまで根気づよく研究をするには人並み以上の忍耐力がいる。

なので,音楽の世界もスポーツの世界も,根性がいるのは間違いない。

でも根性だけではうまくならないのだ。さらに「頭脳」がないと。

大阪の例の高校の問題が出た時に桑田元投手が「一番進歩したのは体罰がなかった高校時代だった」と言っていたがそれは本当だと思う。

高校時代の時から多分,相当考えながら投げてきたんじゃないかと思う。

だから体罰なんかなくたってうまくなれる,ということなんだと思う。

しかし・・・しかしだ・・・。

まあここから先は,話を進めるとまずい展開になるんで(汗)書かないが、頭脳を使い始める前には「根性」も鍛えないといけないのだ。

どうやって不屈の精神を鍛えるのか?

いやだからって体罰を肯定するつもりはありませんよ。念のため(汗)

でも,体罰が無くなったところで今度は「言葉の体罰」の問題になるんじゃないかと。

どこまでいっても,こういう問題は出てくるんじゃないかな。

だから,ここで大事なことは師弟間の信頼問題というか・・・。

相互理解があれば、まあいろいろあっても良いんだろうけれども,今回それがなかった為に大変残念な結果になったんじゃないかと。

ただ単に叩けば強いチームになれるほどスポーツは単純ではないだろうし、問題の視点は体罰じゃない気がする。

だから、大阪市長がいじくり回したあとで、今度は在学生達が逆に反論し始めたのではないかと・・・。

でなければ、在校生は今回の事件でうみを出してホッとしているだろうし、そんな問題が常習化していたら,とっくの昔にそんな暴力教師は保護者からの通達で更迭されていたに違いない。

 

問題なのは、こういう問題とかでマスコミがいろいろ言うと,有識者までが右に習えをし始める。

どこぞの体育教授が「そもそもプロの世界は勝ち負けが価値基準ですが,高校の部活は勝ち負けに価値はありません。お勉強がもっとも大事です」

・・・こういうことを言っている教授がいるからいけないのだ(笑)

だったら部活なんてやる意味はない。同好会程度で適当に遊んでいればいいのだ。

そうでなくとも高校野球はどうなる?甲子園に行くにはどうしても勝たないといけない。

勝つためには過酷な練習に緻密な頭脳プレイが必要になる。

そういう中からプロに通ずる選手が育つだろうし、オリンピックに出られる人が育つ。

勝負の世界はどこでも厳しい。

 

・・・なんて赤い思想なんかぶちまけていないで、とっとと、リストソナタの動画に他の曲の動画も載せんかいな!

 

ごもっともです。しかし、それはちょっと今はふか・・・。

いや,なんでもないです。これからの寒い2月、ふかひれスープでも飲んで、急ぎます(汗)

 

 

 

 

 

2013.1.30

村田ピアノ音楽院

since1996

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