ピアノとは宗教であり,ドラッグである・・・2

 

ある程度ピアノをやってきた者ならばわかるとは思うのだが,ピアノには中毒性がある。

つまり,それにのめりこんでしまうという,中毒性だ。

これさえやっていれば,他の面倒くさい事を忘れられる、現実逃避ができる、一時でも楽しいひとときを味わえる。

私はマリファナやコカイン、覚せい剤というドラッグをやったことがないので(あたりまえか)わからないが、やっぱりドラッグをやっている連中はただ単に気持ちいいというだけでなく、現実逃避をやっているんだろうと思う。

誰だって現実から逃げたいと思った事や、現実を受け入れられないという時はあるだろう。

そういう時に、やっぱり現実からは逃げられないのだけれども,一時だけでも全部忘れたい、という時に(酒程度にしとけばいいのに)なにがしかの刺激物に手を出したくなるのだろう。

のりピーもピアノを習ってれば良かったのに・・・と思うほど、ピアノもドラッグとよく似ている。

学生などが勉強の合間にピアノを弾いて気分を入れ替えるということは良くある事であるが、一方で音大まで出た人間、もしくは音大レベルにまで肉薄してしまった学習者になってしまうとこれが酷くなる。

ピアノが弾けない人生なんて考えられない!という症状になってしまうのだ。

酷くなると禁断症状(机の上で指が動く)まで出る始末である。

そして,ピアノを弾いている間は就職がうまくいかない,仕事がうまくいかない、結婚できない、体重が減らない、しわが増えた・・・という悩みから解放されるのだ(ちょっとセクハラか・・・汗)。

そう,ピアノを弾いていると、本当はピアノなんて弾いている場合じゃない!という時でも現実を忘れられるのだ。

そう,何を隠そう,私も大学時代は朝から晩までピアノを弾いていたものだ。

弾いていると何となく気分が落ち着くし、辛い事も忘れるし、なんといっても楽しい。

世の中、若者が何か打ち込めるものが欲しい、一生懸命になれるものが欲しいということを聞く中で、ピアノという打ち込めるものを見つけたということは幸せに他ならないだろう。

しかし,そのピアノという魔力は大学卒業とともに,次第に不安材料にもなっていくのだった。

つまり・・・ピアノをずっと弾いていてもプロピアニストになっているわけではないので食っていけない・・・。

そう気が付き始めた時に、ピアノというドラッグの効き目か?それともピアノ教という宗教の魔力にやや陰りが見え始める。

俺はこのままピアノなんか弾き続けていても良いのだろうか?(いやいいんだよという悪魔の教祖のお告げも聞こえては来るのだが)

俺はもしかすると世の中を全く知らずにピアノだけを弾いている世間知らずの坊ちゃんなのかもしれない(それは、全くその通りだった)

俺はこのピアノ教から脱退しなければいけないのではないか?

そう,確かにピアノにのめり込みすぎる事は大変危険なのだ。

ピアノを引き続けるには常に自分が世間から隔離された世界に入らない様にしていないととても危険である。

すなわち、ピアノを学習するんだったら,きちんと会社に勤めながら,土日の余暇の時にポロンと弾いていればいいのだ。

ピアノを一日中弾きたいが為に会社を辞めるなんて事は・・・出家に相当する。

いま現在はたぶん(?)私は現世ともうまく渡りながらピアノ教を信仰しているとは思うが・・・。

さて、そのピアノ教には様々な宗派があるのをご存知だろうか?

大きく分けて3つ存在する。

ショパン宗派、ドイツ宗派、そしてフランス印象宗派だ。

ショパン宗派は実際は後にロシア宗派にもなった。つまりショパンから始まって最後にはロシアに受け継がれている宗派である。

ちなみに私はショパン(ロシア)宗派であるが(?)、実はショパン宗派とドイツ宗派は互いにいがみ合って一触即発、宗教戦争になりかねない関係である事をご存知であろうか?

次回はその辺りもかねて,ピアノ教の恐ろしい一面をお伝えしたいと思う。

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村田ピアノ音楽院

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