続ける事に意義がある・・・2

 

今の私ならば多少はピアノがうまく弾ける事を回りは、うらやむかもしれない。

もしくはピアノ講師の仕事をしながらピアノを練習できる事をうらやむかもしれない。

しかし・・・まず仕事においては、うらやまれる筋合いはない(笑)

こんな仕事やらない方が良い。もっとも家庭の専業主婦ならばとても良いとは思うが(笑)

まず、私は、たいしてそれほどうまく弾けちゃいない。もっともその辺の連中に比べたら、うまいのは当たり前だ。

そうでなきゃ食ってけない(笑)

しかし、ピアニストとして食っていけるかと言えば、ノーである。

この日本、ピアニストオンリーとして食えている人は多分50人もいない。

それ以外が自称「ピアニスト」と呼んでいるのは,いかがなものかと、常々思っているのだが、正直私みたいなうまくもなければピアニストでもない者がピアノを弾いて聞かせる事に何の意味もない。

でも私は内輪ではあるが人前で弾き続けている。

それは私だけでなく、みんなにもぜひ勧めたい事である。

うまい下手はまず、関係ないのだ。

ピアノの前に座ったら、ピアノ講師も趣味の人も同じである。ごまかしが効かない。

外から演奏を評価されたら、プロも講師もアマも同じで、結局厳しい事をコンクールや、コンサートで言われるかもしれない。

しかし、それは外の評価の話。

まずは自分の中の世界で考えよう。

ピアノ曲1曲でも完成させる事は難しい。

それこそ、譜読みの問題から始まって、テクニック、音楽性などで悩む事ばかりだ。

でも、そのアプローチで大変だけど、楽しいってことは誰でも思っているはずだ。

一つの曲を弾くだけでこんなに深い世界があるだなんて、誰も想像し得なかったはずだ。

だから、プロもアマもピアノを弾きたがる。

なんとか、その頂点、しかもその頂点は富士山の様なものもあれば、その辺のブルドーザーが作った土砂の山かもしれない(笑)

でもお山の大将であっても、気分はいいものだ。

そうやって曲を理解して弾ける様にする事は楽しい。

曲の奥にはいろいろな背景がある。

作曲家の特徴、経路、歴史、技法、さまざまな背景がある。

それを通して、弾いていく事は楽しい。

さすが100年近くたっても残っている名曲は、それだけの弾く価値がある曲なのだ。

だから私が今まで関わってきたどの先生もそういう、理屈とか、生きていくためのしがらみを抜きに、「ピアノを辞めてはいけない」と言いたかったんだろう。

こんな素晴らしい世界から去っていく事はもったいないと。

多分ピアノに関わっていない人には分からない世界だ。

下手でも良いから、ピアノを弾ける様になる事はとても重要な事なのだ。

 

ただ、ここで一つ大きな問題がある。

ピアノは下手でも良いし、進歩がなかなかなくてもかまわない。

でも、ピアノを上達させるには条件がある。

時間だ。

ここがピアノの厳しい条件なのだ。

ピアノを練習するには膨大な時間が必要なことはこの業界の人なら分かるはずだ。

そう、時間がなければ上達しない。

ピアノは相当難しいから、簡単に積み重ねてうまくなるほど甘くはない。

だから、日常において、なるべく時間にゆとりがあるサイクルにしなければならない。

非常にとどめを刺す言葉かもしれないけれど・・・。

ピアノがうまくなりたかったら・・・。

会社員は・・・やめた方が良い。

これはどうしようもない,譲れない条件だ。

一見無茶な要求かもしれないけれど・・・誰もが感じている通り・・・間違ってはいない。

だから我々ピアノ講師はこの不安定な仕事を選んでいるのだ。

もっとも会社の真向かいに自宅を構えるのなら、何とかなるかもしれない(笑)。

それでも厳しいものがある。

ましてや、会社員は会社員でも、管理職なんていうのは・・・もう上達する見込みがない。

時々,仕事も趣味も充実させたいなんて、よく聞くけど、ピアノに関してはそんなに甘くはない。

ピアノは余暇の趣味じゃなくて、人生を賭けた戦いなのだ。

2匹も獲物を追うのは無理だ。

ピアノはわずかな時間がありゃ良いってもんじゃない。

精神的にも頭脳的にも隙間がないといけない。

結局どちらも共倒れになりかねないのだ。

ピアノがうまくなりたかったら・・・幾つかの条件・・・。

それを次回述べたい。

たった一回の人生を後悔しないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015.3.28

村田ピアノ音楽院

since1996

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