個人主義part2

 

私は他人との比較なんてするもんじゃないと前回言ったが、一見、他人との比較は必要ないというのは、矛盾している様に思われるかもしれない。

何故なら、市場経済の原理は常に他社ライバルとの比較及び、競争によって成り立っているからだ。

経済だけじゃない。受験だって結局競争で成り立っている。

しかし、そこには一つ、見落としている項目がある。

まあ私は経済学者じゃないし、会社経営に頭を突っ込んでいないので、うかつにいえないけれども、この世界、常にほぼトップを独占、もしくはトップとの入れ替えを繰り広げているエリートグループや人間は、実はあまりトップとか回りを気にしていないんじゃないかと。

そんなことより、自分の分野の研究に余念がないんじゃないかと。

トップクラスの優秀な人達は一見、厳しい競争に勝ち残った様に思えるけれども、そうじゃなくて、いかに優れたものを独断で作り出そうと日夜研究で明け暮れているだけなんじゃないのかと。

その成果が圧倒的シャアで支持されているだけであって、別にライバルを意識しているわけじゃないのではと。

結局、どんな世界でも、究極に優れているものを作り出すこと。

それはすなわち、他との比較ではなく、自分との戦いが要なんじゃないかなと。

そう、つまり・・・。

(対戦相手がいるスポーツなどと違って)戦う相手は実在の人物や団体でもなく、かといって仮想上の相手でもなく・・・。

・・・相手は自分。自分が強敵・・・。

自分に勝つか負けるか。

少なくともピアノの世界では強敵は自分。

自分に負けたものはそのまま立ち去るしかない。

その時に、諦めた理由をいろいろと言うことはできる。

才能のせい。世の中のせい。親のせい。会社のせい。学校のせい。先生(村田?・笑)のせい。

もちろん、私のせいにするのは大歓迎だ(爆)いつでも踏み台になろう!(大爆)

そうやって誰かとか、なにがしかの団体のせいにして、やめてしまえば自分は楽だ。

それで自分が納得できるとか、社会の常識から照らし合わせれば自分の取った道は正しい、と思うのならそれでいい。

常識は大多数の保守的な人達が取り決めた法則の様なものだ。

大方当たっている。もちろん、ガリレオやコペルニクスの様に逆な事もあるが・・・。

しかし、そう決めたものの、やはり心残りならば・・・。

もう一度、自分と戦うしかないのだ。

誰かのせいじゃない。自分に負けただけ。

それを自ら認めれば、他人の悪口や批判は出来なくなる。

逆に言えば、自分を傷つけずに立ち去りたかったら、何がしかのせいにすれば良い。

・・・それで自分が良ければ・・・。

常に考えなくてはいけない世界は自分の中の世界であって、他人との関わりではない。

だから他人はライバルじゃない。

あとはその成果を市場がどう判断するかだ。

実は最近気がついたことがある。

どうやったらピアノはうまくなれるのか?

それは多分、一度か2度程度のふとした出会い。

その運命的な出会いか出来事との遭遇を自分が取り入れて生かすことができれば,必ずうまくなれる。

生かすことができなければ永遠にうまくなれない。

ここだけは誰も助けちゃくれない。

頼りになれるのは自分の力だけだ。

それが成功すれば、運が良ければ「トップ」に躍り出る人もいるんじゃないのかな?

私は別にそんなことどうでも良いんだが(笑)

もう一つ,気になることがある。

私はプライドなんか捨ててしまった方が良いと思っている。

そんなもの持っているから不幸になる。

少なくともピアノはプライドを持っていたら必ず下手になる。

所詮プライドを前面に押し出す奴など(自分も含めて)ろくな奴はいない(笑)

ただし、諸事情により仕事でパフォーマンスをやっている場合は別だが(汗)。

次回、そのことを書けるかどうか分かりませんが(笑)とりあえず頭の中でいつか文章を整理したいと思っています。

 

 

2014.11.23

村田ピアノ音楽院

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