マズルカはイスラム国の様なものだ!?part2

 

私達は何故ピアノを弾くのだろう?

正直、歴代の巨匠の演奏とは雲泥の差だし、既にそういう人達のCDが出ているから自分が弾く意味なんてない。

よく人から「演奏活動はしないんですか?」と言われるが、どう考えても自分がお金を取れる様な演奏をしているとは思えない。

かといってチャリティーコンサートをするほど自分は裕福じゃない。

でもピアノは弾きたい。

これは・・・私だけではなく,他の人達もそうだけれども、やっぱり宗教的な意味合いがあると思う。

イスラム国は厳格にイスラム教をよりどころとしているらしい。

イスラム教は現代にそれを実現しようと思うと,かなり無茶なことになるらしい。

しかし、それでもイスラム教に関しての信仰は現在でも厚い。

そういう意味でおかしな事だけれども、アラブ圏では厳格にイスラム教を信仰しているイスラム国を支持する市民がいるらしい。

宗教とは厄介だが、否定できない側面がある。

これと同じく、我々「クラシック教」では(笑)信仰心をみんな持っているのだ。

いや、クラシック教はそのほとんどはもっとカジュアルにショパンワルツとか、幻想即興曲や、ベートーベン「月光」を愛する正常な信者もいれば・・・。

私の様に、ややクラシック狂ともいえる、狂乱的な危ない信者もいる。

正直、私の教室連中はその危ない信者がやや多くいる様な・・・(汗)

私はここでは立派な「ジハディー・ムッチー」である。

いや、もっと危ない信者を挙げれば,世の中には●シアンとかいう曲を信仰している、過激派もいるらしい。

さすがに私はそういうメシア●過激派にはお近づきにはなれないが。

しかし、このクラシック教は皆、クラシック曲を信仰している。

別に誰よりうまくなろうとか、うまいとか、そんなこと、考えちゃいないはずだ。

逆に言えば,自分がうまいと考える奴はクラシック教など信仰しちゃいけない

何度も言うが歴代の巨匠のCDがあるからには、うまい演奏なんてできないのだ。

そうじゃなくて、クラシック曲を弾ける事に喜びを感じなきゃいけない。信仰できる事が素晴らしい事なのだ。

どんな宗教にも身分に上とか下はない。

だれもが信仰を敬虔に行うだけだ。

もちろん、自分が下手だと思ったら、一生懸命信仰すれば良い。

まさに神に近づく為に、練習するのみである。

そうして、歴代巨匠という神の演奏にどれだけ近づけるかを各自おのおの、修行するべきなのだ。

正直この宗教は危ない(笑)

気がつけば、どういうわけか、仕事までピアノ関係だ。

最近病院通いが多いので、ふと思うのだが、何で私はピアノ講師なんて仕事をせずに、医者にならなかったんだろうと、ハーブでラリッた正常な思考が出来ない病人の様に悩む時がある。

とにかくそういうイスラム国並の信仰をこのピアノ講師世界で持つ事は私は勧めない。

日常は普通の社会人。しかし・・・

隠れクラシタン(キリシタン)のように、陰でこっそり練習信仰をした方が良い。

いずれイスラム国は壊滅する。

我々の世界もいつかは他のジャンル音楽に押されて壊滅するだろうけど、私は地下組織に潜って信仰を深めるだけである。

 

 

2015.2.24

村田ピアノ音楽院

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