村田ピアノ音楽院

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3Xショック!(3度目のX講座)6

 

さて、その3日間の間に、他の生徒のレッスンを聴いていました。

いろんな先生の生徒を聴いてはいたのですが、とても驚いたことに、他国の生徒より、X国の生徒が今年はかなりうまいのです。

しかも決して、今年のあのコンクールを目指している人たちではないようでした。

なぜなら、どの人も決してショパンを弾いているわけではないんです。

いろんな作曲家を弾いていたのですが、まったくもってこの国のトップレベルの人たちのレベルの高さに驚くばかりです。

残念ながら日本ではこういうことはお目にかかれません。

この国ではピアノがとんでもなく上手くて「当たり前」なんです(汗)。

そこから始まっていて、さらにレッスンで詰めていく(汗)

もう唖然でした。

詳しくいうと、とにかく、センスが抜群でした。

こうしたら良いんじゃないのか?•••そういうことをまず当たり前に隅から隅までやっている。

私などは曲がどうもうまく響かない、という時にもう「これは自分は天才じゃないからしょうがない」とかたずけてしまうんですが、そういう納得のいかない演奏だから、諦めるんじゃなくて、徹底的にセンスを磨いて仕上げています。

ちょっと上記の内容、うまく伝わっているか、わかりませんが(笑)。

要するに、まずはうまく、感動的に、響き的に、構成的に完璧に弾けて当たり前にしなければならないということです。

まだわかりにくいですね(笑)まあ要するに•••。

ホロビッツやルービンシュタイン、モイセイビッチみたいに先ずは弾くと言うことです(爆)。

そんな無茶な•••と思われそうですが、どういうわけかこっちではそれが当たり前です。

なんでこの国の生徒はここまでセンスが抜群なんだろう•••?。

そこにはいろんな理由があるのかもしれません。

X国は正直言って田舎です。工業的にも商業的にもまだまだ発達していない。

まあ言ってしまえば、良い加減な国ですが、しかし着ているものや、建物、家具、街中の自然との調和のデザインなどはピカイチです。

特に首都は建物も、女性の着飾りも抜群です。

日本などは残念ながら、どうしてあの服でヴィトンを持つのかな?と思ってしまう組み合わせをよく見かけますが、こっちではそういうことはありません。

多分美的センスを小さい頃から磨いているのではないかと。

考えてみてください。

我々日本は小さい頃から美的感覚を磨くことがあったかどうか?

勉強とか、スポーツでの根性とか、掃除とか、礼儀とかは習っても、美的感覚を磨くチャンスが当たり前にあったかどうか?

加えて、日本が美的感覚に昔から優れているかどうか?

多分なかったはずです。

もちろん、戦前はわかりません。そこそこ色々と美的感覚はあったのかもしれませんが、戦後アメリカ文化が入ってきて日本の良さが消えてしまってからはわかりません。

どちらにしても、日本は美的センスにおいては無機質的で無頓着な気がします。

そういうことより、工業国日本としては、データにおいて勝ることを目標にしてきたのでたとえば

 

 

photo1

のようなデザインは無骨でいいからバカッ速い車を作ることに抜きん出きたわけです(笑)

いやでも私は欲しいですがね(笑)

もしくは時たま忙しい時に私が食べる

 

goz

の様な味はどうでもいいから、腹一杯食えるものが欲しいと思うあたり、まあ日本は質より量、センスよりデータを優先してきたわけです。

なんたって、量とかデータは数値で表しやすいので、目標にしやすい。

もっともそれで日本はそういう面で世界一になったことはすごいことですが。

しかし逆に質とか、センスのような感覚に頼るものは難しいんですよね。

しかし、ピアノにおいてはそんなこと言ってちゃいけない。

ごつ盛りでバカっ速い演奏はいらないわけです(笑)。

私が「まあ仕方がない」と仕上げにおいて諦めていた演奏ではダメで、どこまでも自分が納得して録音して何度聞いても納得出来る演奏に仕上げる。

正直自分の演奏を聴くのは嫌です(笑)

でも向こうじゃ、自分の演奏を鑑賞する余裕のレベルがある。

納得しないと表で弾かない。

自分が足りないものはこれだなあ、と痛感してしまいました。

勿論、では納得出来る演奏が自分で作り出せるのか?というと•••。

いやそれは•••自信がありません(汗)。

作れるものもあれば(後ほど述べますが)「あーもうダメだー!」と思ってしまうほどの決定的な差を感じてしまうこともある。

芸術の世界は厳しい•••。

 

さて、次回は毎日の練習時間、6時間!•••で得たことをお話しします。

 

 

2015.8.9